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尾張と遠賀川流域の謎を解く その22


前回で、剣岳には剣大明神が2社鎮座しているとの驚くべき検討結果が導き出されました。今回はその結果を踏まえつつ宮簀媛命について考えてみます。彼女は実質的な尾張氏の祖と考えられる乎止与命の娘であり、日本武尊の東国征伐に従軍した建稲種命の妹で、尾張連らの遠祖ともされています。但し、彼女の名前は特定の個人を指す固有名詞ではなく、普通名詞の宮主媛命であり、名古屋市緑区大高町火上山1-3に鎮座する氷上姉子神社辺りにいた尾張氏系の巫女と考えられます。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

日本武尊は東征の帰路、尾張の大高に滞在し、その際に娶ったのが宮簀媛命です。彼が干潟に打ち寄せてくる波音で寝覚めたことに由来する「寝覚」の地名も近くにあります。日本武尊が能褒野で亡くなると、彼から預かった草薙神剣を祀るため熱田神宮を創建したとされています。

熱田神宮の創建は既に書いたように、大化元年(645年)から大化3年の間となりますので、この時点で日本武尊時代の宮簀媛命が存命だったとは考えられません。やはり彼女は普通名詞の巫女(宮主媛命)であり、日本武尊時代の宮簀媛命から何代も下った巫女となるのです。氷上姉子神社(注:祭神は宮簀媛命)に関しては「熱田神宮の謎を解く その10」にて書いていますので参照ください。この神社は熱田神宮の元宮的な存在となっています。

問題は、なぜ安閑天皇の時代において唐突にプレ物部氏の聖地とされる剣岳山頂に宮簀媛命と日本武尊を祀れとの神託が下ったのかと言う点です。(注:神託には神名が書かれておらず、その時点での祭神は実際には不明です)宮簀媛命は日本武尊の妻となりますが、それはあくまで尾張においての話。九州では全く関係がなく中山八剣神社の祭神となる必然性は毛ほどもありません。

日本武尊は草薙神剣に深く関与し宮簀媛命もその意味では同様ですが、北九州の武人(としての日本武尊)に草薙神剣と関係するストーリーなど一切存在せず、神剣に関連して宮簀媛命を祀る必然性もないと思われます。立屋敷八剣神社の祭神で北九州の武人の妻となる砧姫が中山八剣神社で祀られるとしたら、筋は通る話となるでしょう。

中山八剣神社には草薙神剣盗難事件の伝承もありますが、この事件は天智天皇期に発生した(とされる)もので、安閑天皇よりかなり後の時代となり直接的な関係はありません。もし神剣の存在を念頭に置いているなら、それは明らかに尾張側からの影響を受けてのこととなります。

では、尾張氏系の巫女で尾張国限定のはずの宮簀媛命がプレ物部氏の聖山・剣岳で安閑天皇の時代に祀られる必然性はどこにあるのでしょう?安閑天皇は先代の継体天皇に比較して存在感が極端に薄く、この場面での登場は予想外で唐突な感じがしないでもありません。多分その背後には、目には見えない何かがあるのです。この問題を解明するため、宮簀媛命のさらなる追求は一旦横に置き、安閑天皇の人物像から見ていきます。

安閑天皇は継体天皇の長子で母は尾張目子媛(おわりのめのこひめ)となっています。目子媛は以前書いたように、熱田神宮と高座結御子神社の中間に位置する断夫山古墳の被葬者と想定される尾張連草香の子であり、尾張連草香はその名前からして尾張氏と物部氏の両面性を持つ人物と考えられます。また、目子媛の墓とされる味美二子山古墳の墳丘上にはかつて物部神社が鎮座していました。断夫山古墳と二子山古墳は相似しており、継体天皇陵とされる今城塚古墳とも相似形で、継体天皇は尾張で生誕したとの伝説も残っています。

上記から、安閑天皇は遠賀川流域を原郷とする物部氏、尾張を拠点とする尾張氏の両者の流れの中にいる天皇と規定できます。安閑天皇の在位時期などは以下Wikipediaより引用しますが、内容は後で要検討と思われます。

安閑天皇(あんかんてんのう、雄略天皇10年?(466年?) - 安閑天皇4年12月17日(536年1月25日?))は、第27代天皇(在位:継体天皇25年2月7日(531年3月10日?) - 安閑天皇4年12月17日(536年1月25日?))。

安閑天皇は在位期間が短いため、中山八剣神社の創建時期が534年前後とほぼ確定できるのは有難いところです。続いて、安閑天皇に尾張氏、物部氏を絡めて考えてみます。

尾張において物部氏と尾張氏は融合しているほどのお隣さん同士。尾張氏にとって日本武尊と宮簀媛命は後に熱田神宮で祀られる最も重要な神。剣岳はプレ物部氏にとっての聖山。安閑天皇は物部氏と尾張氏の流れの中にいる天皇。これらの要素を考え合わせると、安閑天皇の時代に宮簀媛命(と日本武尊)が剣岳山上に祀られても左程不自然ではありません。

でも、これだけではなおご都合主義的な議論とのそしりは免れないでしょう。安閑天皇の御代にどんな事情があって、剣岳山上に宮簀媛命(と日本武尊)が祀られたのか?その時代背景や歴史イベントをより具体的に検証する必要があるのです。また当然のことながら、それらがどう中山八剣神社の創建に波及し影響を及ぼしてくるのかも、同時的に探索すべきです。かなりの難問になりそうですが、詳しくは次回にて…。

         尾張と遠賀川流域の謎を解く その23に続く



             



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