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尾張と遠賀川流域の謎を解く その44


尾張と遠賀川流域の謎解きもようやく山場を越えました。これからは少し気を緩められそうです。と言うことで、今回は下新入の剣神社を見ていきましょう。下新入剣神社の場合、他とはやや異なる要素がありそうで注意が必要です。鎮座地は直方市下新入2565。


鎮座位置を示すグーグル地図画像。

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鳥居と剣神社の扁額。全体的に新しく明るい雰囲気です。

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石段を登ります。

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拝殿。境内は全体的に新しく明るい雰囲気です。

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拝殿と本殿。

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御神木。巨木とは言えません。

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境内社も幾つかあります。

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石祠。

こうした中の見える石祠は尾張にはまずないので珍しく感じられます。それにしても、祠の内部には水石になりそうな石が幾つもあります。解説板は見当たらなかったようなので、同社の由緒を「福岡県神社誌」から見ていきましょう。コマ番号は212。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040130/212

やや長く読みにくいので、重要そうな部分を青字にて記載します。

祭神
伊弉諾命、日本武尊、石折紙、根折紙、石筒之男紙、甕速日肺、樋速日神、建御雷之男神、闇御津羽神、闇於加美神

由緒
劔神社は往古は倉師大明紳と號せしよし 齋祀る始祖は田道命の裔孫長田彦と言ふ人也 當村枝村に長田と言ふ所有り居住の地と云へり 天文錄の頃粥田城主杉氏粥田の庄と號して數村領するの時鎮守の宗廟として信敬したる事舊記に有り 永禄元年粥田城主連並再建棟札有り 元禄十五年黒田長清再營す 明治五年十一月三日村社に被定。また社説に曰く往古倉師大明神と稱へ、鞍手郡名發祥の神社と稱せられ、筑紫國造田道命(成務天皇の朝)筑紫物部を率ひて祭祀の事あり以後其系武家大宮司として奉祀す。往古は六ケ岳の東嶺天上岳に鎮座まし、他神は得行かざりしを偕行基御分靈を三又川畔に動請して衆庶の参拝に便にす。妙見社今の縣社多賀神社之なり。中古足利義滿高向兵部卿良舜莠を奉行として社殿を造營し奉り降って戦國の世粥田城主杉氏社殿を紫竹原頭に遷座造營し奉り、日本武尊を相殿に奉祀して八劔大神と稱へ奉りしも、後寛永五年今の龜丘の地に鎖座ましまし。十大明紳と稱へ奉る。天上岳には上宮座し紫竹原には中宮と祓所とを存す。延賓三年黒田隆政支封を受け山邊村東蓮寺村の古町新町を擧げて多賀神社の氏子となす元禄十五年直方藩主黒田長濟當社は本邦太守の釆邑に在れども直方多賀官の本社たるの故を以て社殴を造營し奉り、繼高本藩に帰るに至るまで累代屡々社参の事あり。古來粥田莊宗翻新入郷(上下新入知古山邊直方五邑)産土氏神として奉祀する處なり。

結構長い由緒ですね。過去記事において、倉師大明神は高倉下の可能性が高いが断定まではできないので、後の回で検討すると書きました。随分後回しになってしまいましたが、今回はこの問題から検討していきます。

まず、倉師、鞍橋、倉下の音はいずれも(くらじ)で同じになっています。倉師大明神が欽明天皇時代の鞍橋君ではなく高倉下であると断定するには、倉師大明神の時代を明確にさせなければなりません。そこにポイントを置きつつ、青字部分を中心に上記の由緒を読み解いていきましょう。

由緒の初めの部分に、剣神社は遠い昔倉師大明神(くらじだいみょうじん)と号したとあります。次の青字部分には、倉師大明神を祀るこの神社が鞍手郡の名前の発祥の神社と称され、筑紫國造田道命が成務天皇の御代に筑紫物部を率いて祭祀したと書かれています。下新入剣神社の由緒から倉師大明神の倉師(くらじ)が転じて鞍手(くらて)になった点が改めて確認され、筑紫國造田道命が成務天皇の御代に筑紫物部を率いて倉師大明神を祭祀した点も新たに判明しました。今まで不明だった倉師大明神の時代がここで確定できたことになります。

倉師大明神は第13代成務天皇の時代に祀られ、鞍橋君は第29代欽明天皇の時代の人物ですから、倉師大明神を鞍橋君とすることはできません。(注:倉師大明神が成務天皇の御代に祀られたという話は伝説に近いので、そのまま鵜吞みにはできませんが、少なくとも鞍橋君以前だとは言い得ます)倉師大明神の祭祀に筑紫物部が入っている点も含め、倉師大明神は高倉下(大倉主命)を意味すると見て間違いなさそうです。さてそこで、「その31」にて以下のように書いていました。

磐井の子とされる人物が、磐井の乱後プレ物部氏の領域だった現在の鞍手町新北に強制移住させられた。(注:この時点では幼子)移住から20年以上が経過し、立派な青年となって新羅との戦いに参加した磐井の子が百済の危機を救った。百済を救うと言う目覚ましい働きぶりにより、彼は鞍橋君の尊称を与えられた。その功により、自分が強制移住させられた場所、すなわち手書き史料にある新分郷(新北)と新延を新たに領地として賜った。

強制移住させられた地が自分の領域になったことから、その地域を拠点としていた物部氏に敬意を表する必要があった。鞍橋君の「鞍」はプレ物部氏系である高倉下(たかくらじ)の「倉」と音が同じであることから、鞍橋君の音を高倉下(たかくらじ)と同じ(くらじ)に変え、別名も倉の暗さを意味するものに変えることで敬意を表した。その結果、鞍橋君の子孫は系図において彼を鞍橋君ではなく鞍闇君、闇路公などと表記した。鞍手郡の地名が鞍橋君に由来しているのも、彼の領地が新分郷(新北)と新延に限定されていたことを示している。

このストーリーと倉師大明神が高倉下(大倉主命)であることは全く矛盾しません。以上から、倉師大明神は高倉下(大倉主命)であったと確定できたことになります。

倉師大明神に関して、「日本の神々 1」(白水社)には、「社伝によれば、成務天皇のとき筑紫國造田道命が筑紫物部を率いて祀らせたという。この社伝に従えば、現在の祭神に物部系の祖神があるべきだが見あたらず、それだけに、古く倉師大明神といわれた神が物部氏につながるという説(谷川健一「白鳥伝説」)が注目される。」とありました。確かにその通りですが、倉師大明神と鞍橋君を明確に分別していたかどうかが問題となってきそうです。

「日本の神々 1」の下新入剣神社の項を読むと、鞍手郡の地名の発祥とされる倉師・鞍橋・黒治などをクラジと読ませていることについて、谷川健一氏は、「倉下(くらじ)は物部氏の一族の名であり、それが筑紫物部の本拠である鞍手の郡名の起こりと関係がある」としている。と言った趣旨の内容が書かれています。これを読む限りでは、谷川氏は倉師と鞍橋を分別していないようにも感じられます。

由緒によれば倉師大明神は、往古は六ヶ岳の東嶺天上岳に鎮座していたことになります。倉師大明神=高倉下であり、高倉下はニギハヤヒの直系の子に当たります。そしてニギハヤヒは六ヶ岳のほぼ南に当たる笠置山山上にて祀られていました。六ヶ岳は標高338.9mの山で、笠置山は425mとなります。その高さの違いがニギハヤヒと倉師大明神=高倉下の違いを表現しているようにも思えてきます。笠置山に関しては以下のブログを参照ください。山頂には祠もあるようです。
http://www.geocities.jp/houshizaki/kasagiyama.htm

下新入剣神社の由緒によれば、戦国時代に日本武尊を相殿に奉祀して八剣大神と称えたとあります。倉師大明神が尾張の熱田神宮にて祀られる日本武尊により上書きされたのが現在の剣神社になりそうです。但し、勧請したのが日本武尊のみであれば、八剣神社になるはずですが…。この点に関しては以下の「太宰管内志」も参照ください。コマ番号は312です。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/766660

こちらは表題が新入八剣神社となっており、記事部分では新入郷剣神社は熱田神宮を祝へり、と書かれていました。やはり本来は八剣神社だったのでしょう。一つ奇妙に思えるのは、日本武尊以外の祭神は非常に古い神々で、なぜか倉師大明神に相当する神名が入っていない点です。戦国時代まで下った時点で、地元の神が尾張の神様によって上書きされ、消されてしまったのでしょうか?

面白いのは尾張において高倉下が祀られる高座結御子神社も熱田神宮の摂社になっている点です。往古は倉師大明神(高倉下)と号していた神社が、熱田神宮にて祀られる日本武尊により上書きされ下新入剣神社になったように、尾張においても高倉下を祀る高座結御子神社が熱田神宮に組み入れられてしまい同宮の摂社となっているのです。これら神社のありようは何となく相似しているように思えませんか?

次回は六ヶ岳の西麓付近に鎮座する鞍橋神社(くらじじんじゃ)を訪問します。

           尾張と遠賀川流域の謎を解く その45に続く

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