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尾張と遠賀川流域の謎を解く その49


今回は宮若市磯光266に鎮座する天照神社を訪問します。この神社では物部氏の祖神である天照国照彦火明櫛玉饒速日尊(以降ニギハヤヒと表記します)が祀られています。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

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鳥居と社号標。

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境内。なかなかの神域感です。

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大きな岩。御神のお告げにより奉納した天照宮龍神岩とのこと。

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神門。

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拝殿。屋根の構成が結構複雑です。

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横から見るとこんな感じ。建物の重なり具合が素晴らしい。

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本殿。

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楠。御神木的な大木ですが、注連縄はありません。

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もう一枚。

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解説板。内容は以下に記載します。

天照神社(天照宮)
祭神
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)、八幡大神、春日大神、応神天皇、天児屋根命(あめのこやねのみこと)

犬鳴川右岸の宮田町磯光に鎮守する天照神社は、古代から中世に栄えた粥田荘(かいたのしょう)の惣社として古くから人々の信仰を集めた神社として知られています。
天照神社の由来は、貝原益軒著の「鞍手郡磯光神社縁起」によれば、饒速日尊(にいはやひのみこと)が垂仁天皇十六年に宮田町の南に聳える笠置山頂(四二五メートル)に降臨し、同七十七年に笠置山頂に奉祀(ほうし)したことに始まります。その後、千石穂掛谷、明野(脇野)と移り、延慶元年(一三〇八)年に、白き鶴の住む里に廟を遷すべしとの神託があり、西国探題惣政所玄朝(さいごくたんだいそうまんどころげんちょう)の造營により、現在地に移されました。…以下略。
 
もう少し詳しく見るため「福岡県神社誌」のコマ番号186、187を参照します。結構長い由緒になっているので、抜粋して現代文にて以下記載します。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040130/186

垂仁天皇16年當郡宮田村笠城山に降臨。長尾山筒男に神勅があり、笠城山の麓三井か淵に大きな鮧(なまず)が棲んで人をしばしば食っていたので、殺させられた。鮧の背中に鞍を掛けたようなところがあったので、淵の名前を鞍掛の淵と言う。そのとき大神の授けられた剣にて切った。その血を洗ったとき川が赤くなったので、そのところを血色の淵と言う。磯光本城の間にあり。垂仁天皇77年戌申の春笠城山の嶺に神殿を造る。里民鞍手々と言ったのが一郡の惣名となった。また稲の初穂を麓の谷に掛けて大神に奉ったので、その谷を穂掛谷と言う。19代允恭天皇(在位412年~457年)のとき、野火で社が焼けた。また高山に老人や子供が登るのは辛いので麓の穂掛谷を移した。その時数千の石を集めてその上に神殿を立てたので、後世そのところを千石原と言う。その後天長5年(828年)の冬明野の里に宮殿を建て移し奉った。今の脇野がこれである。95代花園天皇延慶元年(1308年)明野から鶴田の里に移転した。

この由緒には鞍橋君や倉師大明神とは異なる鞍手の地名由来が書かれています。ニギハヤヒは垂仁天皇16年(記紀紀年では紀元前14年)に降臨したとのことですが、垂仁天皇の実年代は300年代の前半となるのでニギハヤヒの時代と異なっています。一方記紀紀年で見れば早すぎることになってしまいます。面白いのは降臨地が笠城山となっている点でしょうか。ニギハヤヒは男神アマテラスとも称され太陽神の側面があります。

天照大神の場合は宮中を出た後の最初の鎮座地が笠縫邑です。笠は太陽を象徴していることから、笠縫邑が元伊勢第一号の鎮座地になったと以前から推定しており、ニギハヤヒもまた降臨地は「笠」が付いた場所になっているのです。偶然とは思いますが、何か目に見えない繋がりがあるのかもしれないですね。

穂掛谷には穂掛神社が鎮座しており、現在のいこいの里千石にあるとのこと。行ってみたいとは思いましたが、時間的に無理なので諦めました。穂掛神社は中宮で、笠城神社が上宮となっているようです。


いこいの里千石の位置を示すグーグル地図画像。

次回以降は謎解きとはほとんど関係のない神社となります。ただ、剣の名を冠した神社や日本武尊、神功皇后などの伝承を持つ神社もあるので、現在の記事カテゴリのまま続けていくこととします。写真での紹介が中心になりそうですが、ご了承ください。

           尾張と遠賀川流域の謎を解く その50に続く
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