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尾張と遠賀川流域の謎を解く その51


今回は木月剣神社に近い遠賀郡遠賀町浅木3丁目21に鎮座する浅木神社となります。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

地図画像を見るだけでは、平地の住宅街に鎮座しているようにも見えますが、社殿は森に囲まれた丘の上にあります。浅木神社は剣神社でも八剣神社でもありません。けれども、同社から勧請されたのが中底井野八剣神社となるので、八剣神社の本宮と言う意味で取り上げました。もちろんここにも日本武尊の伝承が存在しています。八剣の社名から浅木神社の祭神には宮簀媛命が入っていないと理解されますが、とにかく行ってみましょう。

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鳥居と参道。開けた明るい場所にあります。

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石段。一気に雰囲気が変わり、社地はこんもりした森となっています。

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拝殿。

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茅葺の本殿は珍しい。

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御神木。

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御神木を別の位置から撮影。

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解説板。日陰になったのか、下部が見えません。

祭神は日本武尊、応神天皇、素戔嗚尊となっています。やはり宮簀媛命は入っていません。由緒内容は必要部分のみを抜粋します。

昔時淺木神社の周辺は岡湊よりの内海であった。日本武尊熊襲御征伐の帰途、臨幸神跡の霊地である。第三十代齊明天皇亦此の淺木山に御船を寄せ給う、この御代より鎮祭し奉る古社である。 (注:斉明天皇は皇極天皇として第35代、斉明天皇として第37代。斉明天皇としての在位は655年~661年)

浅木神社に関しては「福岡県神社誌」のコマ番号170を参照ください。かなり長い由緒となっています。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040130/170

由緒によると、古墳時代の浅木神社周辺は岡湊よりの内海だったことになります。この浅木神社から分霊されたのが、中間市中底井野492に鎮座する中底井野八剣神社となります。勧請されたのは延宝5年(1677年)で祭神は日本武尊、素戔嗚尊、両道入媛命(ふたじのいりびめのみこと)となっていました。立屋敷八剣神社に砧姫が祀られているのと似たような形で、両道入媛命が祭神に加わっています。両道入媛命は日本武尊の最初の妃で垂仁天皇の皇女となります。

中底井野八剣神社に関しては「福岡県神社誌」のコマ番号176に出ていますので、以下を参照ください。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040130/176

浅木神社の場合、祭神は日本武尊なのに八剣神社の社名ではないという特徴があるものの、ここから分祀された中底井野は八剣神社を称している珍しい例となります。いずれにしても、八剣大神=日本武尊との理解になっているのは間違いなさそうです。

            尾張と遠賀川流域の謎を解く その52に続く

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