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尾張と遠賀川流域の謎を解く その60

尾張と遠賀川流域の謎を解く
10 /06 2017

尾張と遠賀川流域の謎解きも60回を数えました。まあ、謎解き部分は50回あたりまでで後は単なる神社の紹介に過ぎませんが…。今回は光の道で一躍有名になった宮地嶽神社を見ていきます。鎮座地は福津市宮司元町7-1。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

光の道とは、年に2回、社前に広がる宮地浜の海に落ちる夕陽が、鳥居や参道の先に真っ直ぐ沈み、神社と海岸、そして相島が一直線で結ばれる現象を言います。

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石段を登って振り返ると、確かに一直線です。

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光の道。同社の掲示板を撮影したもの。

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結構大きな楠。

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こちらが御神木でしょうか?楠の前に鳥居があります。

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ここが元の御本殿だった場所だそうです。

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鳥居の先にいかにも神体山らしい宮地嶽が聳えています。

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鳥居と宮地嶽。うまく鳥居の中に収まりました。

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解説板と案内図。画像サイズを大きくしています。

同社の主祭神は神功皇后で、勝村大神・勝頼大神を配祀しています。由緒に関しては、「福岡県神社誌」コマ番号133によれば、神功皇后が新羅を征伐の時、宮地嶽の山頂において宗像三女神に戦勝を祈願して勝利したので宗像三女神を奉斎したとのこと。後に神功皇后を御同座に祀り、勝村大神、勝頼大神は三韓征伐において常に先頭で戦ったとのことで、帰還後この地の祖として祀られたそうです。「福岡県神社誌」の記述と異なり、現在は宗像三女神が祭神に入っていないようです。「福岡県神社誌」は以下を参照ください。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040130/133

           尾張と遠賀川流域の謎を解く その61に続く



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酔石亭主

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