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浜松探訪 その4


蒲神明宮の南東には后土神社(ごうどじんじゃ)と言うちょっと珍しい社名の神社が鎮座していました。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

DSCN0076_convert_20181110101053.jpg
鳥居と境内。公園の一角に鎮座しています。

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拝殿。

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解説板。

后土神社
鎮座地 浜松市将監町四番地ノ二
御祭神 埴安彦神(はにやすひこのかみ) 埴安姫神(はにやすひめのかみ)
例祭日 十月十六日前の土曜日
由緒
創建の年代は詳かではないが、天文年間に治水の神として勧請されたが、後に家内安全・五穀豊穣の守護を司る産土神となり、広く崇敬され現在に至っている。
昔この附近に五神渕と言う渕があり、豪雨のたびに氾濫して里人を苦しめた。里人は埴安両神を迎えて治水の祭を毎年斎行し続けたので、水害もなく五穀も良く稔ったと言う。明治七年境内の稲荷神社・若宮神社を本社に合祀した。

DSCN0077_convert_20181110101159.jpg
土の属性のパワースポットだと書かれています。

確かに祭神は埴輪の埴と同じで、田畑の土神や、陶器の神様なので土の属性は正しいのですが、解説板には治水の神として勧請とあり整合していません。治水の神様は禹王でその本名は文命。かつて酔石亭主が探石した酒匂川には、度重なる洪水の被害を避けるため江戸時代に作られた堤が残っており、文命の名を冠し文命堤と称されています。詳細はかなり以前に書いたものですが以下を参照ください。
http://suisekiteishu.blog41.fc2.com/blog-entry-33.html

では、治水の神が勧請される以前に埴安彦神、埴安姫神が祀られたのでしょうか?その場合、後から勧請された治水の神はどうなったのでしょう?いずれにしても、ある場所がパワースポットになるには、何百年もの間人々がその神社を参拝し祈りの念が集積する、地中から強い気が発している、周囲が巨樹に覆われ神々しいまでの神域感があるなどの条件を満たす必要があり、公園の一角のような立地ではかなり難しい気がしないでもありません。今後整備を続け、参拝される方々が増えるといいですね。
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