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浜松の秦氏 その4

浜松の秦氏
11 /28 2018

今回は朝日波多加神社の論社である有玉神社(ありたまじんじゃ)を訪問します。鎮座地は浜松市東区有玉南町1916。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

祭神は異常に多く以下の通りとなっています。周辺一帯の神社を合祀してこんな風になってしまったのでしょう。

天照意保比留売貴命、天手力男命、萬幡豊秋津姫命、誉田別命、息長足姫命、大鷦鷯命、猿田彦命、菅原道真公霊、国狭槌命、弥都波能売神、金山彦命、稲倉魂神、事解男命、速玉男命、大年神、御年神、志那都比売命、志那都比古命、須佐之男命、大物主命、大山祗命、伊邪那岐命、伊邪那美命

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鳥居と境内。なかなか趣のある神域です。

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扁額です。

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堂々とした風格を持つ拝殿です。

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本殿です。

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斜め位置から撮影。隣にも社殿が見えています。俊光将軍社です。

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俊光将軍社の鳥居。

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鳥居の扁額。


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拝殿です。

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本殿。

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解説板。ガラスの反射でやや読みにくい。主な内容は以下に記載します。

旧郷社神明宮は創立年代不詳、元禄十六年再建の棟札あり、旧朱印高五石 旧長上郡式内五座の内朝日波多加神社と申伝あり、明治六年郷社に列せられる。旧村社八幡宮は創立年代不詳、大正十年再建の棟札あり、旧朱印高十二石なり、特殊神事流鏑馬は、徳川家康が大阪より帰陣の際、戦場での愛馬を寄進したことに始まる。例祭の神事として四百年の伝統を今に伝える。
當神社は明治四十年、当時の有玉村三百八十戸余りの地域内に、郷社神明宮を初め村社、無格社合せて十二社あり、境内、社殿共に狭く又、祭典の繁雑さから、明治四十年郷社神明宮を八幡宮境内(当地)に移転し八幡宮、俊光将軍社等、併せて十一社を合祀、郷社有玉神社と称した。新社殿は大正二年完成、同年九月十日御遷宮された。昭和二十七年八月二十日「宗教法人有玉神社」の認証を受け、静岡県神社等級規定により六等級神社と承認される。  

祭神や由緒からは当社が朝日波多加神社であったとする確証は得られません。単なる申し伝えでは不十分です。そもそも十一社が合祀されているのでは、仮にそのうちの一社が朝日波多加神社であったとしても、特定のしようがないことになります。

御神徳と書かれた部分を以下に記載します。

有玉神社には太古より「珠」が祭られているといわれてきた。「珠」は御宝として尊ばれ、昔から多くの人々の厚い信仰を受けてきた。

この「珠」は坂上田村麻呂将軍と赤蛇伝説に関連しています。内容は次回で見ていきましょう。朝日波多加神社の可能性があるもう一社、内野の神明宮は赤蛇関連を見た上でアップする予定です。
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酔石亭主

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