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浜松の秦氏 その37


今回は蜂前神社の由緒を検討します。前回でアップした写真や同社のホームページによると祭神は熯速日命(ひのはやひのみこと)、甕速日命(かめはやひのみこと)、武甕槌命(たけみかづちのみこと)となっています。由緒はどうなっているでしょうか?検討のため由緒を記した同社の解説板をアップします。

DSCN0377_convert_20190111144142.jpg
解説板。

祭神 本社 熯速日命、左脇宮 甕速日命、右脇宮 武甕槌命

由緒
十五代應神天皇十一年庚子三月八日(西暦二七〇年)に八田毛止惠と云う人が勅命によって遠江國に下向して八田(祝田村の古名)四十五町 廣田(刑部村の古名)七十町 岩瀬(瀬戸村の古名)八町三反 合計百二十三町余りを開墾して本社を八ケ前に勧請して蜂前神社と斎き奉り子孫代々祝部として奉仕しました
脇宮二社は十九代允恭天皇の御代に勧請されその頃から社号は鳥飼神社、羽鳥大明神と稱へられ延長五年(西暦九二七年)蜂前神社と改め古名に復しました 延喜式神名帳に記載されている式内社で あり旧社格は郷社であります


同社のホームページは以下を参照ください。
http://hachisakijinja.or.jp/about/

上記から最初に本社で祀られたのが熯速日命、允恭天皇の御代に勧請された脇宮にて祀られているのが甕速日命と武甕槌命になりそうです。祭神は秦氏や服部氏とは直接関係がなさそうにも見えますが、出雲系に乗っ取られた服織神社とは異なるケースのように思えます。由緒内容は乏しいものの、幾つか見えてくる部分がありますので、以下に列記してみましょう。

同社を祀った八田毛止惠の名前が秦に通じる八田なので、秦氏系の人物が創建し代々神官として奉祀してきたとも推測される。かつては羽鳥大明神と称されていたようなので、機織に関係し服部氏が関与した可能性もある。本社を八ケ前に勧請して蜂前神社と斎き奉り、とあることから、蜂前神社はどこか別の神社から神様を勧請したようにも見受けられる。一方で、祭神は秦氏や服部氏と直接関係なさそうにも見える。

色々ややこしそうですが、取り敢えず主祭神となる熯速日命はどんな神様なのかを見ていきましょう。

「古事記」では、イザナギノミコトが十拳剣でカグツチの首を斬ったところ、刀の本についた血から甕速日(みかはやび)・樋速日(ひはやび)・建御雷(またの名を建布都神)の三神が生まれたとあります。蜂前神社祭神はこの記述に沿ったものとなるので、非常に古い神様と言えそうです。

「日本書紀」の一書には、素盞鳴尊と天照大御神の誓約(うけひ)により生まれた神の中に熯速日命がいて、甕速日の子が熯速日神。熯速日神の子が武甕槌神とあります。両史料の記述内容が異なるのはよくあることなので、追及は控えます。奇妙なのは熯速日命の名前からしても、この神の属性は火であり、機織とは全く関係ないことです。

蜂前神社で検討するだけでは答えが出そうにないので、熯速日命を祀る他の神社を調べてみましょう。調査した結果、高槻市に神服神社(しんぷくじんじゃ)が鎮座していました。社名からしても機織に関係する神社だと理解されます。仮に神服神社が本社でここから勧請されたのが蜂前神社だとしたら、先に神服神社を見ていく必要がありそうです。と言うことで、蜂前神社は一旦横に置き、早速神服神社に行ってみます。
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