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熱田神宮の謎を解く その21 田縣神社


山崎山から久保新町の交差点に戻り交差点を北に向かって歩きます。目的地は田縣神社。味岡駅の次が田県神社前駅ですが、駅間の距離が短いので歩くことにしました。しばらく歩くと田縣神社が見えてきます。


大きな地図で見る
位置を示すグーグル地図画像。

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拝殿です。

拝殿に近寄ろうと思ったら、七五三のお参りで沢山の人が拝殿から外に出てきました。拝殿を避け左脇の奥に向かいます。奥宮が鎮座していますが、人が多いのでさらに奥へ…。

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溜り石です。周囲にはキノコのような石が。

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これもキノコ石。

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珍宝窟なるものがありました。

解説石板には妙な内容が書かれています。珍宝窟の中には石の珍宝が鎮座していました。首を傾げつつ、奥宮に向かいましょう。

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奥宮の解説板。逸物を供える慣習があるそうです。


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その逸物です。先端が光っているのは女性が撫でるから…。

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そして巨大な逸物が…。

拝殿前に戻ります。

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田縣神社の扁額。

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解説板。一部抜粋します。

創建年代は弥生時代にまで遡り、「母なる大地は、父なる天の恵みにより受胎する。」との古代人の民族思想によりはじまり、五穀の豊穣、国土の発展を神に祈ったと伝えられています。古来より当社には男茎形をお供えする風習があり、…以下略

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もう一つの解説板。

毎年300kg近い超巨大男茎形を作ってお供えするとあります。となると拝殿にお供えしているのでしょう。

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拝殿内部。男茎形がちらりと見えています。

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超巨大男茎形。

どう撮影しても男茎形に美しい女性が重なってしまいます。不自然な画像になりますがお顔は消すしかありません。田縣神社の祭神は建稲種命と結婚した大荒田命の娘である玉姫と御歳神です。女性が玉姫の化身のように見えてしまいました。

さて境内各所に置かれ祀られている男茎形に気を取られていては、この神社に関して理解できません。解説板にも由緒は詳しく書かれていないので、以下Wikipediaより引用します。

創建の年代は不詳で、かなり古い神社である。古い土着信仰に基づく神社で、子宝と農業の信仰を結びつけた神社でもある。延喜式神名帳にある「尾張国丹羽郡 田縣神社」、貞治3年(1364年)の『尾張国内神名牒』にある「従三位上 田方天神」に比定されている。現在地は旧春日井郡なので、後に遷座したことになる。
祭神は御歳神と玉姫神で、五穀豊穣と子宝の神である。社伝によれば、当地は大荒田命の邸の一部で、邸内で五穀豊穣の神である御歳神を祀っていた。玉姫は大荒田命の娘で、夫が亡くなった後に実家に帰り、父を助けて当地を開拓したので、その功を讃えて神として祀られるようになったという。


この神社は元々丹羽郡に鎮座しており、大荒田命は邇波県君(にはのあがたのきみ)の祖で、しかも日本武尊の三世の孫とされています。邇波県君と丹羽氏がイコールかどうかはさて置いて、丹羽氏に関連する神社であると理解されます。

Wikiの記述では当地は大荒田命の邸の一部とありますが、ここが旧春日井郡なら、元の丹羽郡のどこかが邸の一部と考えるべきだと思われます。でも、なぜ田縣神社には男茎形が供えられているのでしょう?この問題を少し考えてみたいと思います。

まず、解説板の「母なる大地は、父なる天の恵みにより受胎する。」の記述に注目します。母なる大地とはこの場合玉姫を意味していると思われます。父なる天の恵みは、玉姫と婚姻した建稲種命と考えるべきでしょう。既に書いたように、建稲種命はスサノオに擬せられる存在です。とすると、玉姫に対応するのは奇稲田姫(くしなだひめ)すなわち霊妙な稲田の女神と解釈されます。

建稲種命と奇稲田姫の名前は実に見事な対応関係となっています。建稲種命の稲種は稲の種をまくことを意味しており、男性原理を示しています。奇稲田姫の稲田は母なる大地であり、稲種を受け入れはぐぐむことを意味し、女性原理を示しています。大荒田命が日本武尊(=建稲種命)の三世孫と言うのも暗示的です。

つまり、田縣神社の隠れ祭神は建稲種命だった。それは尾張氏が丹羽氏を傘下に収めていく過程が反映されているのではと推測されます。

「その19」で既に書いたように、尾張氏は当初尾張の南部を支配し、丹羽氏は小牧から犬山にかけての尾張北部の支配者でした。その両者に挟まれ位置にあるのが物部氏の支配地域です。となると、田縣神社のありようには物部氏の影響もあったはずで、その視点からも考えてみます。

「先代旧事本紀」の天孫降臨の段には物部造等の祖、天津麻良(あまつまら)とあります。この神は「古事記」の岩戸隠れの段に出てくる鍛人(かぬち)天津麻羅と同じ神と思われます。そして男根は麻羅(まら)とも呼ばれています。

田縣神社の豊年祭に対応するのが川崎市に鎮座する金山神社の「かなまら祭」で、日本より海外で有名ですね。金山神社に関しては以下Wikipediaより引用します。

金山神社は若宮八幡宮の境内社で、鉱山や鍛冶の神である金山比古神(かなやまひこのかみ)と金山比売神(かなやまひめのかみ)の二柱を祭神として祀っている。「金山(かなやま)」と「金魔羅(かなまら)」(魔羅とは男根のこと)の読みが似ていることや、両神がイザナミが火の神カグツチを産んだ際に女陰に火傷をし病み苦しんでいるときにその嘔吐物(たぐり)から化生したこと、鍛冶に使う鞴のピストン運動が男女の性交を連想させることなどから、性神としても信仰されている。御神体は金属製の男根であることから、「かなまら様」(金魔羅様)とも呼ばれている。


以上から、「まら」は鍛冶神である物部氏のシンボルでもあったと理解されます。田縣神社において男茎形をお供えする風習ができたのは、丹羽氏が尾張氏や物部氏から圧迫されていた事実に深源がありました(と推測します)。

田縣神社の豊年祭は神輿からはみ出した巨大男茎形が練り歩くお祭りで、当日は外国人観光客も多く大混雑となるそうです。エッチな祭と思われる方がいるかもしれませんが、ヒトが動物と異なりエッチであるのはヒトの最も重要な本質であり、それがなければ人類は絶滅していました。簡単に書けば以下の通りです。

人類が発祥したのはアフリカ大地溝帯の大地です。数百万年前、動物段階であったサルとヒトとの共通祖先にとっては当たり前の本能という行動規範の枠組みが、大地溝帯の発する気により崩壊しました。

その結果、共通祖先はサルにとっては至極当然な、受胎可能時期すなわち発情期(排卵期)のみに限定された交尾活動(本能に基づく活動)ができなくなったのです。これは彼らが大変な危機に直面したことを意味します。妊娠の可能性が大幅に低下し、種族全体の存続が脅かされる事態となったのですから。

では、共通祖先はどうこの危機を克服したのでしょう?彼らは常時性欲を惹起させることで対応しました。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式の対応ですね。具体的には、まずメスは乳房と尻を巨大化させました。一方、オスはペニスを巨大化させたのです。これは他のサルでは見られない特徴です。ヒトはオスもメスも、その巨大化した部分を見れば興奮しますが、見るのは視覚です。

交尾時期を察知できなくなった共通祖先が種の存続を図るには、視覚的回路を経由して性欲を常時起動させ、性交渉を可能にさせるしかなかったのです。そして最終的には脳内の妄想のみで性欲を常時起動できるようになりました。平たく言えば、ヒトとサルの共通祖先(=動物)から分離したヒトはエッチになった訳です。それは絶滅を回避するためのやむを得ない措置だったと言えるでしょう。

以上の説明の通り、田縣神社において祀られているものは人類進化の根本に関係していたのです。その意味では、田縣神社は実に稀有な神社と言えますね。なお、人類進化の謎に関しては記事カテゴリ「人類進化の謎を解く」を参照ください。次回は田縣神社の対となる大縣神社を訪問します。

                熱田神宮の謎を解く その22に続く
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