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熱田神宮の謎を解く その23 高座結御子神社


熱田神宮の北には、同神宮の最も重要な境外摂社の一つと考えられる高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ)が鎮座しています。


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鎮座地を示すグーグル地図画像。

祭神は高倉下命(タカクラジ)ですが、この神の実体に関しては良くわかりません。神社がある一帯の地名は高蔵で、高倉下命の名前に由来していると思われることから、古い歴史を持つ場所であることは確かなようです。創建年代は不明ですが、天武天皇期とか…。

Wikipediaによれば以下の通りです。

『先代旧事本紀』巻5天孫本紀では、物部氏の祖神である饒速日命の子で尾張連らの祖天香語山命(彌彦神社の御祭神)の割註に天降の名手栗彦命のまたの名が高倉下命であるとしている。その後『日本書紀』と同様の内容が記述される。


尾張氏の系図では天火明命の子供が天香語山命(表記は色々あります)で、その子が天村雲命になっています。尾張氏へと続く天香語山命が高倉下命と同体なので、高倉下命を祀る高座結御子神社は熱田神宮の摂社となっているのでしょうか?

また記紀によれば、東征中の神武天皇は熊野で悪神の毒気により倒れたが、高倉下が剣を献上すると覚醒したとされます。ここでも剣が出てきました。この剣は石上神宮に祀られ、佐士布都神、甕布都神、布都御魂と言った名前を持っています。この話だけからすると、高倉下命は物部氏系のようにも思えます。結局、十握剣、草薙神剣、佐士布都神のいずれも熱田神宮の関連で出てくることになります。

疑問だらけの神様ですがとりあえず現地に行ってみます。

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神社の鳥居。

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由緒。

子育ての神様だそうですが、これだけでは何も書かれていないのと同じです。一般的には創建年代や由緒が書かれるはずなのに、それらは一つも出ていません。解説板は教育委員会ですが、神社自身がわかっていないのではとも思えます。

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高座稲荷社の鳥居。

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解説板。

太閤出世稲荷だそうです。子育てとか出世とかこちらの神社は随分世俗的ですが…。

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高座稲荷社社殿。出世に縁のない酔石亭主が撮影したので画像がボケてしまいました。

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貝塚に関する解説板。古い土地だと理解されます。

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巨木。

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社殿。

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いどのぞきとあります。

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覗いて見ると、お賽銭の受け皿がありました。

赤ちゃんに井戸をのぞかせ、その水をいただくと「虫封じ」になるとか。

取り敢えず境内は見て回りました。では高倉下命の実体を考えてみます。「その11」にて青衾神社に関して書いています。ここで祀られているのは高倉下命の母である天道日女命、つまり天火明命の妃である女性となります。熱田神宮周辺に尾張氏に繋がる神を配置したので高倉下命を祀る高座結御子神社もここに鎮座したことになりそうです。でも、それだけではこの神についてさっぱり理解できません。そこで、天香語山命と高倉下命を対比しつつ考えてみます。

尾張氏の始まりを系図的に見れば以下の通りとなります。

天照大神―天忍穂耳命―天火明命―天香語山命(=高倉下命)―天村雲命

物部氏では天火明命がニギハヤヒ(饒速日)となり、宇麻志麻治命へと続いていきます。次は彦湯支命と味饒田命(まじにぎた、読みは幾つかある)のラインに分かれます。味饒田命は味鋺神社の祭神で明確に物部氏と理解されます。

ところが尾張氏の天火明命―天香語山命(=高倉下命)―天村雲命ラインは全て頭に「天」の文字が入り、本当に尾張氏なのか理解に苦しむ部分があります。そこで、天香語山命はどの地域で祀られているのかを見ていきます。

調べたところ天香語山命を祀る神社は、長野県、新潟県、福島県、山形県などに多く、新潟県が郡を抜いていました。特に弥彦神社は有名です。弥彦神社に関しては以下Wikipediaより引用します。

創建年代は不詳。祭神の天香山命は、『古事記』に高倉下という名前で登場する。社伝によれば、越後国開拓の詔を受けて越後国の野積の浜(現 長岡市)に上陸し、地元民に漁労や製塩、稲作、養蚕などの産業を教えたと伝えられる。このため、越後国を造った神として弥彦山に祀られ「伊夜比古神」と呼ばれて崇敬を受けた。このほか、彌彦の大神は自ら神武天皇即位の大典の際、神歌楽(かがらく)を奉奏(ほうそう)したとも伝えられる。ただし、天香山命は尾張国造家の祖神であり越後に祀られているのは不合理で、本来の祭神は北陸の国造家高橋氏の祖神・大彦命ではないかとする説もある。


天香語山命は尾張氏とは全く異なるエリアに祀られていると理解されます。Wikiは、天香山命は尾張国造家の祖神であり越後に祀られているのは不合理としていますが、この神の分布からして尾張氏とするのが逆に不合理とも思えます。祀られる地域を勘案すれば、天香語山命は尾張氏の神ではないのです。では、高倉下命はどうでしょう?

調べて見ると、福岡県で大倉主神として数社の神社で祀られています。その他には和歌山県、奈良県、三重県などで和歌山県(紀伊牟婁)での鎮座数が最も多くなっています。全体的には天香語山命よりずっと少ない数となっていました。

愛知県においては、高倉下命を祀る神社は高座結御子神社など3社しかありません。一方、天香語山命は尾張氏の重要な神社と思われる尾張戸神社や尾張神社など5社に祀られています。高倉下命は熊野で神武天皇を救っていますし、神社の数からしても熊野が本貫地のように思えます。高倉下命は熊野高倉下との別名もあることからもそれは窺えます。彼が神武天皇に献上した剣は物部氏の石上神宮に祀られていることから、既に書いたように高倉下命は物部氏系の神に見えます。

以上の結果からすれば、天香語山命と高倉下命は全く別の人物(神)であり、しかも尾張氏とは関係のない神となります。困りましたね。次回でもう少し検討してみます。

              熱田神宮の謎を解く その24に続く
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