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『旧約聖書』創世記の謎を解く その2

『旧約聖書』創世記の謎を解く
06 /12 2010

人類進化と創世記はリンクしましたが、そもそも旧約聖書が書かれたのは、死海を中心とする地方、すなわちアフリカ大地溝帯の北端部(死海地溝帯)に当たります。アファール三角地帯で発した気が、大地溝帯に沿って死海にまで流れ込んでいる、乃至は死海地方の気がアファール三角地帯と同質だとしたら、人類進化と創世記がリンクしても、別に不思議ではないと思えてしまいます。

アファール三角地帯で発祥したヒトは現生人類へと進化を遂げ、約10万年前、大地溝帯に沿って北上、死海周辺に一旦留まって世界に散っていきました。欧州にて進化したネアンデルタール人もこの地に入り、南方へと拡散しています。この事実は何を意味しているのでしょう?そう、彼らは死海地溝帯が発する気に導かれここに集結したのです。そんな馬鹿な、と思われるでしょうが、それを立証できそうな事例が日本にあります。

サシバなどの猛禽類は、秋になって伊那谷から渥美半島へと南下、伊良湖岬に集結して伊勢湾の島々、伊勢神宮上空を渡っていくのですが、このルートは中央構造線の真上に当たっています。彼らは中央構造線が発する気を感知して移動していると見て間違いないでしょう。現生人類やネアンデルタール人の移動は、これら猛禽類の渡りと全く同質なのです。

旧約聖書の時代に下ると、観念の領域は飛躍的に拡大するものの、一方で気を感知する能力はほぼ失われました。しかしこの地方には、なぜか他の地方に比較して多くの預言者が出現しました。それは死海地方が強い気を発する場所だったからです。強い気の発する死海地方で預言者が輩出し、旧約聖書が書かれたのは決して偶然ではなかったのです。

創世記エデンの園は始まりに過ぎません。その後の物語を見ても、時として意味不明な内容が続いています。しかし視点を定めて読み込むと、創世記は、一貫して大地=神とヒトとの関係を描いていると理解できます。しかも、その中心テーマは、ヒトと大地の離反、ヒトの大地からの出離でした。

では、中心テーマがヒトと大地の離反であるという視点に立って、創世記の記述を見ていきましょう。ただ、旧約はJ資料(ヤハウェイスト資料)、P資料(祭司資料)、E資料(エロヒム資料)がつぎはぎになっています。そして、P資料は、J資料と際立った対照を示しています。

P資料は、神を絶対で完璧無比な存在として描こうとしており、従って、ヒトは神から罰を受ける対象になっていますが、一方、J資料の神は人間的で絶望もする存在として描かれています。ここではヤハウェ神を正しく描いた、J資料をベースに見ていきましょう。

まず、J資料における創世記は、第二章四節の―ヤハウェ神が地と天を造ったとき―から始まります。すぐに、これは間違っている、天と地を造ったときではないかと疑問が出るでしょう。しかし大地であるヤハウェ神にとって、天は何ら意味を持ちません。創世記の物語は大地を主題としていますから、地と天を造ったとき―で正しいのです。

そして七日間の万物創造を飛び越して、アダムが創造されます。ヒトはヘブライ語でアーダームであり、土はアーダーマー。ヒトが土すなわち大地(大地の気)から造られたことを、この語呂合わせは示しています。

そこで、アダムとイブの楽園追放をもう一度見ていきましょう。この物語は、エデンの園に獣状態のまま置かれていたヒトの祖先が、大地である神の発する気=林檎の木により、一旦象徴的に死んで、ヒトとして再生した経緯を描いています。それは、神がヒトを大地から出離(=疎外)させようとしていることを意味しており、楽園追放がその序章に当たっているのです。

神は、二人が林檎を食べた後―取って食べてはならないと私がおまえに禁じておいたあの木から食べたので、土はおまえのために呪われる―と厳しい言葉を告げました。土がアダム故に呪われるのは、呪われることで、ヒトが大地から出離する契機になるからです。そして出離には、常に死と再生の過程が用意されています。

しかし、ここでの出離の度合いは不十分でした。そこで、第二の出離が用意されるのです。有名なカインとアベルの物語ですね。

              ―『旧約聖書』創世記の謎を解く その3に続く―
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