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初詣 熱田神宮 その2

熱田神宮の謎を解く
01 /04 2014

熱田神宮拝殿左手には北に向かい真っ直ぐ延びる小道があります。道の先に何があるのかは案内板で知ることができます。

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案内板。記載内容の概要は以下の通り。

この小径を進みますと「一之御前神社(いちのみさきじんじゃ)」にお参りできます。ご祭神は、ご本宮にお鎮まりになる熱田大神の「荒魂(あらみたま)」です。…中略…ご参拝に際しての注意事項 これより先は熱田神宮における最も神聖な場所です。

一之御前神社は熱田神宮における最も神聖な場所だそうで、この記述には大いに驚かされました。書かれた内容をそのまま受け止めると、一之御前神社は本宮以上に神聖な場所となってしまうからです。もちろん写真撮影も禁止となっています。「熱田神宮の謎を解く」を書き始めた2012年10月の時点では、一之御前神社は禁足地として近寄ることもできず、お参りはしておりません。なので、今回が初めての訪問となります。

熱田神宮最高の聖地に参拝できるとは、実に有難く期待に胸も膨らみます。ワクワクしながら小径を少し歩くと、神社のずっと手前に解説板がありました。解説板自体の撮影は多分問題ないでしょう。

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解説板。

天照大神の荒魂をお祀りしていると書かれています。案内板は熱田大神の荒魂ですから、両者は微妙に内容が異なっており、裏に何かありそうな気がしてきました。さらに歩くと一之御前神社の社前に至ります。

社は柵で囲まれ、社殿の前は扉のように閉じられ、見た限りでは開けられないようになっています。ここの神様は極秘に祀られていると理解される構造です。(注:写真撮影は不可ですが、画像検索すれば幾つか出てきますので、見たい方はそちらを参照ください)

さて問題は、これほどの禁忌となっている天照大神の荒魂とは一体何なのかと言う点です。ネット上では、伊勢神宮内宮に天照大神の荒魂を祀る社・荒祭宮(あらまつりのみや)があり、祭神の別名が瀬織津姫とされていることから、一之御前神社祭神も同様に瀬織津姫だとの意見が多いようです。ただ、そう安易に一之御前神社の祭神を瀬織津姫と決め付けていいのか疑問もあります。熱田神宮の来歴を考慮に入れ、もっと別の角度から検討する必要があるでしょう。

瀬織津姫は消された女神とされますが、詳細はWikipediaの以下の記事を参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%80%AC%E7%B9%94%E6%B4%A5%E5%A7%AB

では一之御前神社について詳しく検討するため、熱田神宮の祭神から見ていきます。

主祭神:熱田大神
相殿神:天照大神、素盞嗚尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命

熱田大神とはどんな神様なのでしょう?確認のため熱田神宮のホームページをチェックすると以下のように書かれていました。

祭神の熱田大神とは、三種の神器の一つである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代(みたましろ)としてよらせられる天照大神のことです。

熱田神宮のホームページは以下を参照。
http://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/

ホームページによれば、草薙神剣を御霊代(依り代、媒介)として天照大神が(熱田大神として)祀られているとのことです。これでは、主祭神の熱田大神が天照大神で、相殿神も天照大神となり、どう考えても筋が通りません。かなり苦しい説明を強いられている印象があります。

この問題をどう理解すればいいのでしょう?とても解けない難問のようですが、熱田神宮創建のいきさつを考慮すれば、さほど難しいとは思えません。既にご存知のように、熱田神宮は宮簀媛命が草薙神剣を熱田の地で祀ることから始まっています。よって熱田大神とは、天照大神ではなく草薙神剣の神霊を意味していると考えて間違いなさそうです。

熱田大神が草薙神剣を御霊代としてよらせられる天照大神のことであるとするのは、明治以降の話となりそうです。現在の熱田神宮の建築様式は、伊勢神宮の本殿と同じ「神明造」ですが、明治26年以前は「尾張造り」の建築様式であったことも、その裏付けとなります。以上から、熱田神宮の主祭神・天照大神は後から付加されたものとなります。

以上から、一之御前神社は草薙神剣の荒魂を祀っている神社となります。では、草薙神剣の荒魂とはどのような神様なのでしょう?答えを得るため、数多くの神剣が祀られている石上神宮(いそのかみじんぐう)をチェックしてみます。すると予想通り出てきました。草薙神剣の荒魂とは出雲建雄神(いずもたけおのかみ)を意味しているとのことです。詳細は石上神宮の以下のホームページを参照ください。
http://www.isonokami.jp/about/c3.html

出雲建雄神社は延喜式内社で、草薙剣の荒魂である出雲建雄神(いずもたけおのかみ)をお祀りしており、 同社縁起によれば、天武天皇の御代に御鎮座になり、神が 「吾は尾張氏の女が祭る神である。今この地に天降(あまくだ)って、皇孫を保(やすん)じ諸民を守ろう」 と託宣された、とのことです。

一方、出雲建雄神社解説板の由緒は以下のようになっています。

出雲建雄神草薙神剣御霊坐     
今去千三百余年前天武天皇
朱鳥元年布留川上日谷瑞雲立
上中神剣光放現「今此地天降諸
氏人守」宣給即鎮座給


出雲建雄神は草薙神剣の御霊に坐し、今を去る1300余年前天武天皇朱鳥元年(686年)、布留川の上流、日の谷に瑞雲立ち昇る中に、神剣が光を放って出現し、「今、此の地に天降る。諸々の氏人を守ろう。」と宣言され鎮座された。

この天武天皇朱鳥元年(686年)がとても気になります。そう、朱鳥元年は草薙神剣の盗難事件に関連する年なのです。「日本書紀」によれば、天智天皇7年(668年)僧道行が草薙神剣を盗み、新羅に向かって逃げたものの、嵐に遭い、迷って帰ってきたとされます。草薙神剣はなぜか熱田神宮に返還されず宮中に収められ、天武天皇が神剣の祟りによって病気となり崩御したため、朱鳥元年(686年)に熱田神宮に返還されました。

もちろんこの盗難事件は、草薙神剣を手に入れようとした朝廷側によって仕組まれたものであると思われます。

ところで、出雲建雄神社の縁起には、神が 「吾は尾張氏の女が祭る神である。云々」と託宣しています。尾張氏の女とは誰でしょう?そう、言うまでもなく宮簀媛命です。宮簀媛命は孝徳天皇の大化3年(647年、或いはその前)大高の地にて奉斎していた草薙神剣を蓬莱の地である現在地に遷座させました。熱田神宮前史として非常に重要な上、下知我麻神社と松姤社も大化3年に鎮座しています。

日本武尊と同時代の人物がなぜ大化3年に出てくるのか疑問もあるでしょうが、宮簀媛命は神剣を祀る巫女の名称と考えれば問題はありません。「熱田神宮の謎を解く」では宮簀媛命は女性神官(巫女)としての普通名称が宮主媛命であり、と書いています。

以上から、草薙神剣は熱田の地に鎮座した後、約20年で朝廷に召し上げられてしまったと理解されます。朱鳥元年(686年)、神剣の現物は尾張氏その他からの強烈なクレームにより熱田の地に戻されました。しかし神剣の神霊は、朝廷により天皇家の武器庫の役割を担っていた物部氏の石上神宮に遷されてしまったのです。

驚いた熱田神宮の尾張氏側は極秘に一之御前神社を創建し、草薙神剣の荒魂を自ら祀ることにしました。このことは絶対の秘密であるがゆえに、何と2012年の12月まで一之御前神社は禁足地とされていたのです。もちろんこの場所に神社があることは、隠しても隠しきれません。よって瑞穂区に一之御前神社の分霊が勧請されました。詳細は以下を参照ください。
http://jinjajin.jp/modules/newdb/detail.php?id=9143

ここには以下のような由緒が書かれています。

永禄7年(1564年)、尾張高田城主の村瀬浄心が、熱田神宮摂社の一之御前神社より御分霊を勧請したことに始まるとされるが、ご祭神が異なるため、その経緯がどういう変遷を経たのかは謎となる。ただし、「熱田神宮御遷宮宮記」に、所謂一之御前社は実に日本武命荒魂之霊也とある。

ご祭神が異なるため、その変遷が謎と書かれています。確かに謎となりますが、分霊を別の神と見せかけることで、絶対の秘密が知られないようにしたと理解すれば、謎も氷解します。随分熱田神宮側は苦労を重ねたようですね。そのご苦労は今も続いていて、一之御前神社の祭神を天照大神の荒魂としているのです。

このため、瀬織津姫が祭神になるとの誤解を招いてしまいました。まあそれも、神社側による意図的な誘導であったのかもしれません。結論的には、一之御前神社において祀られているのは瀬織津姫ではなく草薙神剣の荒魂となります。

以上が、一之御前神社に関する酔石亭主の推定ストーリーです。一之御前神社の参拝を終え、こころの小径を東に向かって歩きます。すると、妙なものが目に入りました。丘の斜面に穴が掘られているようで、頑丈な鉄扉で封印されています。

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封印された穴。

これは一体何でしょう?ネット上では古墳とか地下宮殿とかあれこれ推測されています。でもこれは、太平洋戦争中に掘られた防空壕ではないかと推定されます。調べたところやはり防空壕で、戦局が風雲急を告げる昭和20年5月に神剣を防空壕内に移し、その数時間後熱田神宮は被災したそうです。

さらに東に歩くと清水社となります。

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解説板。

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水を掛けるために参拝の方々が並んでいます。

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もう一枚。願い事は叶ったのでしょうか?

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大楠。

初詣の単なるご紹介のはずが、一之御前神社であれこれ考えすぎて疲れてしまいました。やはり熱田神宮は手強い……。

(注:本記事は単なる初詣紹介記事のつもりでしたが、期せずして熱田神宮の謎に踏み込んだためカテゴリを「熱田神宮の謎を解く」に含め「その49」とします)
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高牟神社

magumi様

コメント有難うございます。

高牟神社と一之御前神社の関係については、実質的には何もありません。
ただ、高牟神社は物部氏の武器庫ともされ、古代の剣を含む各種の武器は物部氏に関連し、一之御前神社はあくまで私の理解ですが草薙神剣の荒魂を祀っているので、かなり無理はあるものの共通性があるとも言えそうです。
尾張において尾張氏は、物部氏の領域を次第に自分たちのものにしていったと思われます。
高牟神社の社地は常世の草香島と称されますが、常世の地名は熱田神宮の創建に繋がる宮簀媛命の大高にもあり、草香島の草香は尾張連草香を連想させます。
無理に高牟神社と一之御前神社を結び付けようとするなら、上記のような考え方がない訳ではありません。

神や宗教に関しては、私のブログの記事カテゴリ「人類進化の謎を解く」、「旧約聖書の謎を解く」などで書いていますので、ご参照ください。

なお、今後はできましたら公開コメントでお願いします。
 

酔石亭主

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