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日本人の特殊性の謎を解く その2


その1について、現在の日本人は他人への遠慮や恥もなく、世間体など考えもしない、だから昔ならともかく今は違っているとの反論が出そうです。このような反論があったとして、以下のように答えたいと思います。

現代の日本では組織の求心力が弱くなっています。依存すべき組織や集団が弱くなると、個々人は自己を保持ができなくなり、何でもありの世界へと一挙に突入してしまうのです。その例を挙げます。第二次世界大戦であれほど米兵を悩ませた日本軍も、一旦捕虜になると自分の属するものがなくなり、何もない自分がむき出しになってしまうため、米軍の求めに応じて機密事項までも喋ってしまう、ということが起きました。

また鬼畜米英一辺倒だった戦時中の軍事国家日本は、戦後雪崩を打って民主主義国家に転向しました。自分のない日本人にとって、自分を縛るものはそれが米軍であれ、民主主義であれ、何でもいいのです。

集団や組織の呪縛力が失せた今の日本人は、自分がないままに置かれています。それは自分の中に自己を律する原理や規範を持っていない状態を意味します。自分を律する規範が内部になければどうなるでしょう。当然何でもありになってしまいますね。己を律する規範がなければ、どうでもいいやと、世間体も、恥も外聞もないような行動に走ってしまう。それが表面的には以前とは違って見えるのです。しかし、日本人の内部を貫いている構造自体は全く変わってはいません。

では、なぜ日本人は自分がないのでしょう?次にその理由を考えてみたいと思います。

前回で日本人は自分がないから組織や集団に依存するしかなくなった、その結果個人よりも組織が重要視されるようになった、と書きました。では、欧米人だったらどうなるでしょう?組織の意向より自分の判断や主張・意思を間違いなく優先させるはずですね。中国や韓国などお隣の国でも、文化面の違いこそあれ、自分が中心の意識構造は白人系と同じはずです。

とすれば、基本的に世界のどの民族もそれを構成する個人は自律的で個人主義的ということになります。彼らの場合、自分を律する原理は自分の中にあり、組織の中にあっても個人の考えを優先します。これを自律的個人主義としておきましょう。

ところが日本人は、自分の中に自己を律する原理がなく、組織や集団、世間、他者の意見を自分の意見や考えとしてしまいます。日本人にとって、自分を律するものは組織であり、集団であり、世間であり、決まりきった型や儀礼です。これを他律的集団主義としておきましょう。(ここで日本人は集団主義だという場合、日本人の中に集団主義の根拠となる確固とした考え方・思想があり、それが集団主義となっているという意味では全くないことをご理解ください)

自律的個人主義と他律的集団主義。全く正反対の言葉ですね。ここから次のような結論が導き出せます。

私たち日本人の意識構造は、この世界において一般的で普遍的であるはずの自律的個人主義が反転して、結果的に他律的集団主義になっている、と。

奇妙だとは思いませんか?どうして日本人の意識構造だけが反転しているのでしょう?原因を追及するため、そのような反転が発生するメカニズムを、他の例を参考にして見ていきます。

アルツハイマー型認知症は今の日本でも大きな問題となっていますが、この症状を参考に検証してみます。アルツハイマー型認知症の症状は、周囲の人間が自分に対して悪意を持っている、お金を盗む、何かを隠している、などといった妄想を持つ点が特徴となります。

この病気は、ある種のたんぱく質が神経細胞に取りついてそれを破壊していくため、通常は問題なく統合されていた自己意識を保持できなくなり、見当識を次第に失っていくことにより発現します。記憶力や認識能力が大幅に低下し、場所や相手の見当がつかなくなって、例えば、机に置いていたはずの財布が見つからない場合、誰かが盗んだという結論に持っていくしか自分を保つことができなくなるのです。

このように認識を反転させないと、脳は自分の心を守り切れないと考え、仮構の現実を創出して心に提示し、自己を安定させようとする訳です。意識構造の反転はこうした状況下で発生するのです。

上記の症例から、人は、普通の世界の中で自分を保持できなくなったとき、普通の世界を裏返し―つまり反転し―裏返しにした世界の中で自分の正当性を認識し、その当然の帰結として、裏返しになっていない元の世界を間違った世界として認知する、ということが明らかになります。

これをそのまま日本に当て嵌めると、日本人は普通の世界(=自律的個人主義の世界)で自分を保持できないので、それを反転した世界(=他律的集団主義の世界)に身を置くことで、自分をどうにか保持しているということになるのです。

日本人が、自分がない中で自己を存立させるには、強固な階層的組織を構築し、その中に自分を置いて自己の存立基盤を確保するしか方法がなかった。その結果、自律的個人主義が反転して他律的集団主義になってしまったのです。

日本の官僚が組織を絶対視するのはそこに起源があります。日本においては、個人より組織の維持存続を優先する日本特有な意識をベースとした閉鎖的共同体が形成されました。既に述べた日本型ムラ社会ですね。私たちが遠い祖先から受け継いだこれらの意識構造、社会構造から、隠蔽、先送り、横並び、合議制、共同無責任、本音と建前、世間体といった日本人の特殊性とされる傾向が派生してくるのですが、その根底には自分がない、という問題があったのです。

自分を、組織や集団・世間に丸ごと委ねると、独立した個の形成や確立は不可能になります。よって日本人は、自我が弱く、自分の意見もない、組織に依存するだけの特殊な性格を持つことになったのです。

そこでまた疑問が出るでしょう。どうして日本人は自分を失ってしまったのだ、と。それは、日本人の中心に空洞があるからです。ということで、次回は、日本人の中に空洞が形成されるメカニズムを見ていきます。

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