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柏原宿

建物探訪
06 /22 2014

中山道第60宿が柏原宿(かしわばらじゅく)で、美濃から近江に入った最初の宿場となります。伊吹山と養老山地に挟まれた地峡帯にあるため、それほど大きな宿場ではないと思っていましたが、実際にはかなり大規模な宿場でした。また、古い建物も多く残され江戸の昔をしのばせる場所であることを実感しました。


場所を示すグーグル画像。

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柏原宿の解説板。

ここ柏原宿は、お江戸日本橋より中山道69宿(草津宿で東海道と合流)の内61番目にあり、約112里(1里は3.9km)、京までは約21里のところにある。江戸時代は、随分栄えたもので、宿場としての業務もかなり苦労が多かった様である。幕末広重画く柏原宿の看板は、何と言っても「伊吹もぐさ」の老舗伊吹堂で、現在の建物そのままである。当時「伊吹もぐさ」を商う店は十指に余り、中山道有数の宿場名物となっていた。現在は一軒だけとなっている。柏原宿は、規模が大きく、69宿中宿高で4番目、宿場の長さ13丁(1420m)は10番目、戸数人口もこの辺りでは東の加納(岐阜市)、西の高宮(彦根市)に次ぐ宿場である。しかも旅籠屋(旅人たちの宿場)は、隣接との距離が近かったにもかかわらず、22軒もあった。現在、一軒も残っていないのは残念である。本陣、脇本陣は、それぞれ一軒、問屋(人馬、荷物の継ぎ立て一切を行う)は、当宿には6軒 …以下略。
解説板は61番目となっています。江戸を入れるか入れないかで数え方が違ってくるのでしょうか?

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柏原宿の街並み。一番手前の家は赤ベンガラを塗っています。

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「造り酒屋 年寄 巌佐九兵衛」とあります。立派な酒屋さんだったようです。

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高札場跡。

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皇女和宮宿泊 柏原宿本陣跡との石碑があります。

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本陣の解説板。画像サイズを大きくしています。

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こちらも酒店で渋谷酒店とあります。

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解説板。

石碑のある家と酒店の全体がかつては南部家で本陣だったようです。
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酔石亭主

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