尾張氏の謎を解く その21


2015年の最初の記事は尾張氏の謎解きから始まります。「その20」までの検討で高尾張邑は尾張氏の本貫地ではない点が確認されました。今回からは葛城地方を離れ新たなステージに入ります。本ステージにおいては尾張氏の祖神(とされる)天火明命に関して様々な角度・視点から探っていく予定です。まず、前回で提起して未解決のままとなっている問題点を以下にもう一度記載しましょう。

高尾張邑は尾張氏の本貫地ではないのに、尾張には天火明命尾或いは天香山命が神武天皇或いは崇神天皇の時代に大和の高尾張邑から尾張に来たとの伝承が残っている。この相互に矛盾する内容を矛盾のない形に再構成しない限り、尾張氏の謎は解けないのです。

上記はかなりの難題ですが、手掛かりは見つけられそうです。例えば葛木坐火雷神社の解説板には「火雷神ハ火産霊神トモ火之迦具神トモ奉申リ」と記載され、雷神には鍛冶神としての神格もあります。それを示すものに「常陸国風土記逸文」(平凡社)の記事があり、以下のように書かれていました。

昔、兄と妹が同じ日に田植えをした。「遅い時間に植えた者は伊福部神(いふくべのかみ)の神の崇りにあって殺されるぞ」と、言われていたのに、妹は遅い時間から田植えを行った。その時、雷が落ちて妹を殺してしまった。兄は嘆き、かつ恨んで仇を討とうと思ったが雷神の居場所を知らない。その時一羽の雌雉がやって来て兄の肩にとまった。績麻(へそ=紡いだ麻糸を環状に幾重にも巻いたもの)を雉の尾羽根にかけると、雉は伊福部の岳に飛んで行った。 兄が績麻の糸をたどっていくと、とある岩屋にたどり着き、中をのぞくと雷神が寝ていたから、刀を抜き、雷神を斬ろうとしたところ、雷神は、あわてて起き上がって命乞いをした。 「そなたに従い、100年の後もそなたの子孫には雷を落とすことはしません」兄は雷神を許し、また雉に対しては、「生涯この恩を忘れはしない」と、誓ったので、以来、この地に住む者は雉を食べない。

このように雷神は鍛冶、製鉄の民である伊福部氏と関係しています。一方、後で詳しく取り上げる予定ですが、愛知県一宮市に鎮座する伊富利部神社には、伊福部氏は大和国葛城山より尾張国のこの地に移り住み祖先を祀ったとする伝承もあるそうです。

また天火明命と天香山命は金属系の神で伊福部氏の職掌に接続する要素があり、伊福部氏の祖神でもあります。「新撰姓氏録」には、大和国神別 伊福部宿祢 天火明命子天香山命之後也。伊福部連 伊福部宿祢同祖。と記載されています。よって、尾張氏ではなく伊福部氏が高尾張邑(葛城地方)と尾張を繋ぐ回路と考えれば、赤字で書いた上記の問題点に筋道が付くかもしれません。もちろん現段階では想像の域を出ませんが…。

伊福部氏を介して葛城と尾張が連結しそうな事項は他にもあります。既に書いたように、葛木坐火雷神社は笛吹連が関係しています。実は伊福部氏は幾つかの職掌を持つ職業部とされ、具体的には以下のようなものがあります。

景行天皇の皇子である五百木入彦(いおきいりひこ)の名代(なしろ)。(注:名代とは、Wikiによれば、「古墳時代の部民制における集団のひとつ。一定の役割をもってヤマト王権に奉仕することを義務づけられた大王直属の集団である。」となります)次に、天皇や皇族のお食事を煮炊きする火吹部の職。鍛冶や製鉄・製銅に関連する息吹部。笛を吹き楽曲に関係する笛吹部などです。よって葛木坐火雷神社の笛吹連は伊福部氏の笛吹部と重なり合う可能性があるのです。また、笛吹部を冠する人名はほとんど見られませんが、尾張には数人の笛吹部が見られます。

因幡国一宮宇倍神社の神職は代々伊福部氏が務め、その後裔には映画「ゴジラ」シリーズの音楽を担当したことで有名な伊福部昭氏がいます。ひょっとしたらこの方は笛吹部の流れだったのでしょうか?宇倍神社に関してWikiには「祖神を祀ったとされる伊福部氏の居住したころが創建と思われる。『因幡国伊福部臣古志』には伊福部氏の第16世、伊其和斯彦宿禰(いきわしひこのすくね)が因幡国造となり、成務天皇から賜った太刀等を神として祀ったとあるのが当社の創祀かもしれない。」とありました。

「因幡国伊福部臣古志」は伊福部氏の系図です。但し、天火明命を祖とする美濃・尾張の伊福部氏とは大きく異なり、尾張氏とは全く関連付けられていません。驚いたことに、出雲系の大己貴命や物部系のニギハヤヒが祖神の一人となっています。系図は以下を参照ください。
http://mononobe.digiweb.jp/siryou/ihukub.html

同じ伊福部氏なのに、因幡国と美濃・尾張では祖神が全く異なっている点にも、尾張氏の謎を解くヒントがありそうです。伊福部氏は本来鍛冶や製鉄・製銅に関連する部族と考えられますが、時代が下るにつれて、朝廷からそれ以外の職掌も命じられたようです。

ただ、そのほとんどが吹くことに関連しているのは注目され、上記系図の第20代の若子臣(わくごのおみ)は、祷祈を以て気(いふき)を飄風(はやて)に変化させたので、姓を気吹部臣(いふきべのおみ)と賜ふ。とあります。このように伊福部氏には、火吹、息吹、笛吹、気吹など、吹くことに関係した表記が実に多く見られるのです。

美濃・尾張の伊福部氏と笛吹連は尾張氏の系図の中から分かれており、祖神は自動的に天火明命と天香山命になってしまいます。よって彼らは尾張氏の同族に見えますが、実際にはどうなのでしょう?既に書いたように、海人系の尾張氏が金属系の天火明命と天香山命を祖神としたのは、天皇家による初期天皇系図捏造に加担した結果、天皇家から許されてそうなったと理解されます。

つまり、金属系の神である天火明命と天香山命を奉じていたのは本来美濃・尾張の伊福部氏だったと考えられるのです。鍛冶や製鉄の技能民である美濃・尾張の伊福部氏は金属系の神である天火明命や天香山命を奉じていたのに、尾張氏が後になって2神を自分たちの祖神に取り込んでしまったため、結果的に尾張氏同族の流れに組み込まれてしまったのではないでしょうか?となると、既に書いたように葛木坐火雷神社が鎮座する高尾張邑にいたのは伊福部氏だった可能性がより高くなってきます。

上記に関して大和岩雄氏の「神社と古代民間祭祀」(白水社)には、「大海氏と伊福部氏は大和の葛城の忍海で葛木坐火雷神社を祀っていた(くわしくは拙著『天武天皇論(一)』参照)」と記載されていました。

これなら大和氏の「天武天皇論」を参照するだけでいいことになります。早速チェックしたところ、大和氏は論証抜きに伊福部氏は天香山命を主祭神とする葛木坐火雷神社の祭祀氏族と書いていおり、確証を得るまでには至りませんでした。具体的な内容は以下「天武天皇論」より引用します。

葛城といっても、大海氏が居たのは忍海であろう。理由は、『新撰姓氏録』の大和国の項に、尾張連と同じ天香山命を祖とする伊福部連が載る。この伊福部氏は『延喜式』の神名帳に載る大和国忍海郡(現在の奈良県北葛城郡新庄町南半と御所市の一部)の天香山命を主祭神とする、名神大社葛木坐火雷神社の祭祀氏族だが(火雷神社は、中世以降笛吹神社といわれているのは、伊福部連から分かれた笛吹連が祭祀していたからである)、この神社の主祭神は、大海氏の祖だから、大海氏も祀っていたと思われるからである。

大和氏は『新撰姓氏録』の大和国の項に天香山命を祖とする伊福部氏が載っていること。天香山命を主祭神とする葛木坐火雷神社は、伊福部連から分かれた笛吹連が祭祀していたことを理由として、伊福部氏は葛木坐火雷神社の祭祀氏族と断定しています。

しかし、大和国の伊福部氏は多分、大和国宇陀郡伊福郷の伊福部氏のことであり、笛吹連も伊福部連から分かれたのではありません。「先代旧事本紀」天孫本紀には、火明命の六世孫 建多乎利命 笛連、若犬甘連等祖、と記され、笛吹連は尾張氏系図における天火明命六世孫の建多乎利命から分かれています。一方伊福部氏の祖神は天火明命九世孫の若都保命となります。以上から、笛吹連は伊福部氏より早い段階で尾張氏から分かれたことになり、大和氏の指摘は当たらないと思われます。

笛吹連の後裔となる持田宮司さんにお聞きしても、残る資料が少なすぎることもあるが、祭祀氏族が伊福部氏との話は初耳とのこと。現時点では、笛吹は伊福部氏の職掌と関連することから、この地に伊福部氏がいた可能性はあるとするに留めるしかなさそうです。

「その17」で書いたように、御所市五百家(いうか、いふか、ゆうか、などの読みがある)の地名は伊福部氏に関係しています。以上から、葛城地方に伊福部氏がいた可能性はあるものの、それがどう尾張国に繋がっていくのかはまだ明らかではありません。また、葛城地方における彼らの痕跡が少なすぎるのも問題です。これらの疑問を解くには、他の事項の検討により機が熟してくるのを待つしかなさそうです。ここでは、尾張氏発祥の謎を解く鍵は葛城の伊福部氏にあるかも知れないと言う点を押さえておき、次回から天火明命の検討に入りましょう。

                    尾張氏の謎を解く その22に続く
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あけましておめでとうございます

今年も、良き年でありますようお祈りいたします

Re: あけましておめでとうございます

雑草様

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

1月、2月は尾張氏の謎解きに集中する予定です。
結論にまで行き着けるかどうかはわかりませんが…。
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