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尾張氏の謎を解く その36


尾張氏の謎を解く旅も、もう「その36」となりました。大和を出るまでに35回も回を重ねたとは驚きですが、いかに尾張氏の謎がややこしいものであるかを物語っているようにも思えます。では、四道将軍に象徴される東方遠征部隊の移動ルートや部隊を率いた皇族とは誰なのかなどを探索するため、近江国に向かいましょう。

滋賀県草津市志那町727には志那神社(しなじんじゃ)が鎮座しています。


鎮座地を示すグーグル地図画像。社名表示はありません。

同神社に関しては滋賀県神社庁のホームページを引用します。

創祀年代不詳であるが、社記に当社は徃古延喜式式内意布伎神社であったが何故神号が改称されたか不詳、しかし清和天皇御宇貞観九年御奉納の鏡、鈴二品今以て現存する、この古鏡銘に「奉近江国伊富伎神」、古鈴銘に「貞観九年四月」とあり。国史神祗八巻に「貞観九年四月二日辛未遣神祗大祐正三位上大中臣朝臣常道向近江国伊富伎神社奉弓箭鈴鏡云々」とある。又旧神官春日家にもこれを表す文書があり、その神名帳考証に志那ノ意布伎神是也と記されている。但式内意布伎神社については確証がなく所在不詳とされている。

志那神社詳細は以下の神社庁ホームページを参照ください。
http://www.shiga-jinjacho.jp/ycBBS/Board.cgi/02_jinja_db/db/ycDB_02jinja-pc-detail.html?mode:view=1&view:oid=365

祭神は志那津彦命、志那津姫命、伊吹戸主命となります。由緒を一読して内容に混乱があると理解されるので、分析が必要となります。まず、志那神社はかつての意布伎神社或いは伊富伎神社で、神名も伊富伎神、意布伎神などあり、祭神の伊吹戸主命を考慮すると伊福部氏の神社であることは間違いありません。

ところが現在の社名は志那神社であり、伊福部氏とは微妙に異なる要素を持っています。似通った例は大和葛城地方でも見られます。「その17」にて五百家のすぐ南に鎮座する通称風の森神社(志那都彦神社)を取り上げました。五百家の地名には伊福部氏との関連が窺えるものの、祭神の志那都彦は風の神で属性は風を鎮めることにあるので、風を利用して蹈鞴製鉄に従事する伊福部氏とは異なる要素があります。滋賀県の志那神社も同様に風を鎮める神様を祀るものですが、その鎮座地はかつて、風を利用して蹈鞴製鉄に従事する伊福部氏の意布伎神社だったのです。風を利用する、風を鎮めるの異なる要素を持つ神社がなぜ同じ場所になってしまうのでしょう?

志那神社の祭神・志那津彦命、志那津姫命は龍田大社にて祀られる神と考えられます。龍田大社詳細はWikipediaの以下の記事を参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E7%94%B0%E5%A4%A7%E7%A4%BE

龍田大社の祭神は天御柱命 (あめのみはしらのみこと)と国御柱命 (くにのみはしらのみこと)で、毎年7月には風を鎮める風鎮大祭が執行されています。Wikiによれば、「龍田の風神と総称され、広瀬の水神と並び称された。同社の祝詞などでは、天御柱命は級長津彦命(男神)、国御柱命は級長戸辺命(女神)のこととされている。」とのことで、級長津彦命=志那津彦命となります。またWikiには「正史では、天武天皇4年(675年)4月10日に勅使を遣わして風神を龍田立野に祀り、大忌神を広瀬河曲に祀ったと『日本書紀』の記述が初見である。」とありました。

ここで岐阜県大垣市上石津町一之瀬2288-1に鎮座する長彦神社を見ていきます。祭神は志那津比古神と志那津比女神で、天武天皇白鳳4年(675五年)4月、当郡の人佐伯連廣足によって、大和国平群郡立野に祀られた龍田の風神を、神託によって当地「たつの」の宮山に斎き祀られたとのことです。詳細は玄松子さんの以下のホームページを参照ください。
http://www.genbu.net/data/mino/nagahiko_title.htm

つまり、龍田大社と長彦神社は全く同時期に多分全く同じ経緯で祀られたものと理解されます。よって志那神社も、同じ時期に意布伎神社の鎮座地に勧請されたものと見て間違いなさそうです。

志那神社は風を鎮める風神を祀り、意布伎神社は風を利用して蹈鞴製鉄を行う伊福部氏に関連するため属性は異なりますが、風そのものにおいては一致しており、そこから両社が重なり合ったと推定されます。当初は伊福部氏の意布伎神社だったものが、こうした経緯で志那神社に上書きされてしまったのです。

ところで、志那は息が長いことを意味し、現在の米原市を本貫地とする息長氏との関連も想定されます。長彦神社の由緒によれば祭神の別名が息長津彦命、息長津媛命であり、息長氏の存在を示す傍証となりそうです。息長氏は製鉄にも関与しており、伊福部氏と相通じる面もあり、なぜか本貫地も伊福部氏の近くになります。次回で、参考までに息長氏の本貫地に鎮座する山津照神社を見ていきます。

                    尾張氏の謎を解く その37に続く
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