尾張氏の謎を解く その50


前々回までに笠水彦命、笠津彦命、伊加里姫命などが登場しましたが、彼らはどんな人物(神)なのか順を追って整理したいと思います。尾張氏や海部氏の始祖となるのが天火明命で、その子が天香山命。天香山命の子が天村雲命となります。

そして天村雲命と伊加里姫(いかりひめ、水銀の井光が転じた名前)の子が天火明命の3世孫に当たる倭宿禰命(天御蔭命、天御影命、天御蔭志楽別命)で、倭宿禰命と豊水富命(とよみずほのみこと、別名は井比鹿(いひか)でこれも水銀系です)の子が笠水彦命。笠水彦命と笠水女命の子が笠津彦命となります。

陸耳御笠と水銀の関係に留意しつつ検討していたのですが、笠水彦命と笠津彦命も水銀絡みだったと判明しました。やはり陸耳御笠=笠津彦命なのでしょうか?

実はこの流れの中に彦坐王も絡んできます。「古事記」の開化天皇の条はやたら丹波との関係が深いようで、日子坐王が天之御影神(倭宿禰命)の女、息長水依比賣を娶して、生める子は丹波比古多多須美知能宇斯王(たにはのひこたたすみちのうしのおう、丹波道主命)とあります。あまりにもややこしいので、系図的に纏めてみました。

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系図。

倭宿禰命と天御蔭命は同一神で、天御蔭命は製鉄・鍛冶の神である天目一箇神(あめのまひとつのかみ)とも同一神ともされ、籠神社のホームページにも出ています。天村雲命が剣で、伊加里姫が水銀であれば、その子の倭宿禰命が製鉄・鍛冶の神であっても違和感はありません。でも、海人系とされる海部氏の重要な祖神が製鉄・鍛冶の神である点には疑義を差し挟みたくなります。

意祁都比売命は丸邇臣(=和珥臣、和邇氏、和爾氏)祖の日子国意祁都命の妹となります。彦坐王は系図からすると、和邇氏や息長氏の実質的な祖とも言える人物となります。また、笠津彦命と彦坐王、丹波道主命は時代がほぼ重なっていると理解されます。仮に笠津彦命が陸耳御笠だったとすれば、彦坐王は自分の義父の孫を誅殺することになってしまいます。

金久与一氏著の「古代海部氏の系図」を参照したところ、「勘注系図」において笠水彦命と笠津彦命は別伝として書かれています。具体的には以下の通り。

彦火明命―天香語山命―天村雲命―倭宿禰命―笠水彦命―笠津彦命…建田勢(背)命―建諸隅命

「勘注系図」の笠津彦命注記には、笠津彦命は笠津姫命を娶り、六世孫・建田勢命(たけだせのみこと)が生まれたとあります。けれども、一本に言う小登與命、一に言う建登米(たけとめ)の子、亦名は大諸過命、高天彦命、大宇那比など混乱を極めており、笠津彦命の子が建田勢命となる繋がり方には疑問があります。本筋の系図は以下となり、尾張氏系図とほぼ同じとなります。

彦火明命―天香語山命―天村雲命―天忍人命(倭宿禰命)―天登目命―建登米命―建田勢命―建諸隅命

陸耳御笠と笠津彦命は同一人物との前提で考えれば、彦坐王に討伐されたので系図上では別伝的な扱いにするしかなかったことになり、何とか筋が通ってきます。けれどもその場合、陸耳御笠は彦坐王の義父の孫。本当にややこしいですね。

また残欠では笠水彦命と笠津彦命は海部直たちの祖なのに、「勘注系図」の笠水彦命と笠津彦命の注記にはそうした記載がありません。なぜこのように残欠と「勘注系図」の間に違いが出てくるのでしょう?妙だとは思えませんか?

残欠の編者は、笠津彦命の子が建田勢命で彼は海部直の祖とされているため、その父である笠津彦命も同様と単純に考えたのでしょう。一方、海部氏は笠津彦命の子が建田勢命ではないと知っており、笠津彦命を海部直たちの祖と注記しなかったのではないでしょうか?

「勘注系図」のようなややこしい系図の検討は酔石亭主の手に余るし、参照史料も少ないので書いた内容が正しいものか確信はありません。けれども、笠水彦命や笠津彦命が水銀と関係する点だけは明確になりました。

          尾張氏の謎を解く その51に続く
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