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尾張氏の謎を解く その58


天火明命は天熊人命(あめのくまひとのみこと)を夜夫(やぶ、現在の養父市)に遣わし、夜夫の谷を開いて養蚕を始めさせました。故にこの地を谿間屋岡(たじまやおか、現在の養父市八鹿)原と言います。これが谿間(たじま、但馬)の地名由来であり、同地には養父神社が鎮座しているので早速行ってみましょう。鎮座地は兵庫県養父市養父市場840。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

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緑に覆われた谷に神橋が架かっています。

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養父神社の鳥居。

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石段と楼門。

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拝殿。

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解説板。文字がかすれ、由緒らしい内容はほとんどありません。

多くの神様が祀られています。諸説ありますが、上社に大己貴命、中腹の中社に倉稲魂命と少彦名命、現社地である下社に谿羽道主命と船帆足尼命になるようです。(上社、中社は山中に跡地が残るのみ)祭神の一人である谿羽道主命の下に(但馬道主命)とあります。()の名前は但馬道の支配者を意味する役職名であり、丹波道主命も同様に丹波道の支配者となります。よってこの由緒も酔石亭主の彦坐王=丹波道主命説を裏付けるものとなっています。

船帆足尼命は彦坐王の五世孫で但馬国造となります。同社の詳細は玄松子さんの以下のホームページを参照ください。よくここまで書き込めるものだといつも感嘆してしまいます。
http://www.genbu.net/data/tajima/yabu_title.htm

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扁額です。

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残念ながら本殿は屋根の葺き替え工事中でした。

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立派な宝篋印塔。

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解説板。

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境内社となる五社神社。

祭神は天熊人命(あめのくまひとのみこと)、天照大神、素戔鳴命、月讀命、五十猛命とのこと。ここに祀られている神にはどんな意味があるのでしょう?「日本書紀」によると、月読命が保食神(うけもちのかみ)を斬り殺したため、天熊人命が天照大神の命により保食神の様子を見に行っています。

月読命は夜の食国(よるのおすくに)を治めるよう伊弉諾命から命じられたことから、月読命も保食神の神格を持っているように思えてきます。また保食神が死んで再生したのが豊受大神であると推定され、この構造は太陽を祭祀する巫女が死んで天岩屋戸に入り、出てきたときには太陽神・天照大神に変容した話と相通じるものがあります。

伊勢神宮の外宮(豊受大神宮)と別宮の月夜見宮の間には、月読命が豊受大神の許に通う道が存在しています。どうも両者の間にはただならぬ関係があるようです。月読命、保食神、豊受大神の関係は極めて錯綜しており、一筋縄ではいかないので、別途検討が必要となります。月夜見宮の詳細は以下の伊勢神宮ホームページを参照ください。
http://www.isejingu.or.jp/geku_4.html

ちなみに「古事記」では素戔鳴命が保食神を斬り殺したことになっています。以上から、五社神社には上記の伝説にちなむ神様が揃っているようです。ただ、素戔鳴命の子となる五十猛命は別の要素がありそうで、延喜式には牛取引の神様とありました。

養父神社の鎮座する養父市場は古来より但馬牛取引の中心であることや、素盞嗚尊は牛頭天王とも称されていることなどが関係しているのでしょうか?「日本書紀」には死んだ保食神の頂に、牛馬化為る有り、と書かれており、その連想から五十猛命が祭神になったとすれば、五社神社祭神は全て月読命の保食神殺害に関係した神となります。ひょっとしたら、記紀における保食神殺害の話の元は丹波(後の丹後国と但馬国)にあったのかも…。続いて天熊人命に関しても少し見ていきましょう。

「但馬故事記」には、天火明命が妃の天道姫命と共に高天原から田庭の真名井ヶ原に天下ったので、豊受姫命(豊受大神)は天熊人命を遣わして農耕を教えた。豊受姫命は天熊人命に対して、天火明命に従い田の開拓の補佐するよう命じたとありました。熊(くま)は「日本書紀」(岩波書店)の注によれば、神に奉る米を意味しているとのこと。よって天熊人命は食物に関係した神であり、「但馬故事記」のストーリーにも合致した神となります。また、丹波において天熊人命は脇役としての存在感を発揮しているようです。

          尾張氏の謎を解く その59に続く
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月読命(神、尊)は宇佐族が信奉した月の女神。
宇佐→大和入して三輪山西麓の檜原神社で布教。
月の女神の姫巫女の豊姫命(いわゆる女王、トヨ)は人々から稚日女命/稚日霎貴命と称された。

共に大和入した仲間内(身内)同士の権力争いに敗れて大和を逐われ丹波(丹後)に逃避。
此処でも宇佐族伝来の月の女神/月読神信仰を布教なさり、
人々は豊受大神と呼ぶ様になったらしい。

>彦坐王=丹波道主命説を裏付けるものとなっています。

違います。

オオヒビ/開化(第9代)→彦坐大王(第10代))→彦道主(ミチウシ)大王(第11代)

徐福と出雲王女、高照姫(今なら愛子さまぐらいの感じ)の御子、五十猛/カゴヤマの御子で
大和王国初代大王(偽作系譜上の神武)の海(天)村雲から11代彦道主大王の時、
道祖の九州から侵攻して来た物部イクメ大王(偽作系譜上の垂仁)によって先行大和王朝(海(高尾張(葛城の笛吹))→磯城→和邇(それぞれは王宮の所在地))は滅びました。

物部イクメ大王勢力に攻められた彦道主大王(和邇(天理市)に王宮が有った)は
大和を維持できず丹波に退却を余儀なくされました。
更に追撃を受けて最早これまでorzと女のヒバス姫を物部イクメ王に差し出して降伏。
因幡に隠棲して名前を即位前の彦多都に改めました。
因幡国造の祖となった。

Re: タイトルなし

たぬきさん

2件のコメント有難うございます。

古代にし関しては人それぞれ様々な意見があります。仮にたぬきさんが書かれた簡略な内容に、具体的な根拠を挙げつつ論証しようとする場合、多分50回分以上のブログ記事になる可能性があります。なので、是非ご自分のブログを立ち上げられ詳しく論証いただき世に問うてみたらいかがでしょう?
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