尾張氏の謎を解く その72


川上の庄(現在の久美浜町海士を含む一帯)を出た丹波道主命(彦坐王)は久美浜町佐野から比治山峠を越えて比治の里に入りました。峠を下り終えた辺りの地名が峰山町鱒留(ますとめ)となっています。鱒留は川上麻須郎女(かわかみますろめ)の(ますろめ)が転じたものとされ、それが正しいなら丹波道主命(彦坐王)が妻(と川上氏の一行)を伴って峠を越えたと確認されます。


鱒留の大雑把な位置を示すグーグル画像。

画像から、谷を下ると狭い平地が開け、平地のほぼ中央を鱒留川が流れる構図が見て取れます。川の南側山麓には藤社神社(ふじこそじんじゃ)が鎮座していました。鎮座地は京都府京丹後市峰山町鱒留540。比治(ひじ)と藤(ふじ)。両者の音はほとんど同じように思えます。

なお、比治の里は丹波における謎の核心部となります。従って、各訪問場所についてその位置付けを明確にさせなければなりません。例えば比治の里において、藤社神社と比沼麻奈為神社はいずれも自分たちが伊勢神宮外宮の故地(元伊勢外宮)だとして論争を繰り返し、延喜式の式内社比沼奈為神社はどちらなのかが不明となっています。


比沼麻奈為神社の位置を示すグーグル画像。

幾つかの史料を参照しても、どちらが延喜式の式内社で元伊勢であるのか確定できるだけの材料はありません。それでも、二つの神社の立ち位置を明確にする必要があります。二社のいずれが元伊勢なのかと言った根本部分が曖昧なままでは、謎の核心部に迫れないからです。きちんと整理できるかどうか何とも言えませんが、早速元伊勢候補の藤社神社に行ってみましょう。

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社名が彫り込まれた石柱。

右手の道に沿った形で参道が続いています。道路のすぐ下には鱒留川が流れています。

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鳥居。

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境内。

左端の社は天目一社で、天目一箇神が祀られています。磯砂山には磯砂鉱山があり、またネット情報によると砂鉄も産出するらしいので天目一箇神が祀られているのでしょう。

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拝殿が近くなります。

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拝殿。

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いわくありげな岩と三本の杉。

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本殿。

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本殿背後の祠。

和奈佐夫婦と言う夫婦の神祠だそうです。ちょっと珍しいですね。

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解説板。内容を以下に記載します。

当社は往古、崇神天皇の御代、比治山に降臨されたと傳える豊受大神を祀り、その御神徳は稲作をはじめ、五穀豊穣、養蚕守護神としての尊崇篤く、古老相伝によると、丹波道主命の創建とも伝え、社号の藤は比治、泥(ひじ)の転語とも言われている。…以下略

ここでも丹波道主命の名前が出てきました。彼の軍勢は比治峠を下って比治の里に入ったのですから、それも当然のような気がする一方で、この辺りに丹波道主命の痕跡はほとんど見られません。いずれにしても、上記の由緒や史料だけでは藤社神社が外宮の故地かどうか確定できない以上、従来とは全く異なるアプローチで迫るしかなさそうです。

           尾張氏の謎を解く その73に続く
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