尾張氏の謎を解く その96


今回は南宮大社を見ていきます。まず、美濃国二宮である伊富岐神社の位置を示す地図を参照ください。


グーグル地図画像。

この地図の中に南宮大社も出ていますが、同社は美濃国一宮で金山彦命が主祭神となります。一宮と二宮がこれほど近接しているからには、当然相互関係があるはずです。両社に何らかの関係があるなら、南宮大社にも伊福部氏の関与があるのかもしれません。

今までの検討から、伊福部氏の痕跡は近江から美濃にかけて間違いなく存在していると確認されますが、南宮大社の祭神・金山彦命に伊福部氏の関与があるかは明確ではありません。なので、金山彦命について天香山命も絡めながら少し調べてみましょう。

「新撰姓氏録」の大和国神別には「伊福部宿祢 天火明命子天香山命之後也。伊福部連 伊福部宿祢同祖。」とあります。つまり伊福部氏の直接の祖神は天香山命で、この神は大和の高尾張邑に鎮座する葛城坐火雷神社の祭神でもあり、笛吹連の祖神になっています。

伊福部氏と関係が深そうな天香山命は、一方で金山彦命とも密接です。天香山命がどのような回路で金山彦命に連結しているかは「その6」既に書いていますが、大略以下の通りです。

天香山命の別名は手栗(たぐり)彦命で鉱山神の金山彦・金山姫は伊弉冉尊の嘔吐(たぐり)から生まれています。この話から天香山命は金山彦命と関係が深いと理解されます。「古事記」は天香山を「天金山」と書き、鉄(かね)を採って鏡を作ったと書き、天香山命は金属や鏡と深い関係を持っています。金山彦命はもちろん金属に関係する神です。

以上、伊福部氏は天香山命と金属を介して金山彦命に接続する回路を持っていました。彦坐王の遠征部隊は天火明命(鏡)、天香山命(鏡と金属)、鏡作命(鏡作りの神)金山彦命(鉱山、製鉄、金属の神)などと密接な関係を持つ伊福部氏や、金属系の各分野における職能民により構成されているのです。

ただ、南宮大社に伊福部氏の神は祀られていません。(注:摂社に天火明命を祀る南大神社が鎮座してはいます)だとすれば、南宮大社は彦坐王の遠征部隊全体に絡めて考えるべきとも思えてきます。これだけの部民が参加した彦坐王の遠征部隊は相当な大部隊で、何万人もの軍勢のように見えてしまいますが、実際はどうなのでしょう?当時の貧弱な補給や劣悪な道路事情を考慮すれば、多くても総勢千人程度ではないでしょうか?

その少ない人数の中に様々な職能民や戦闘員がいる点はどう理解すべきでしょう?例えば伊福部氏(当時は単なる息吹く民)は製鉄、精銅などの職能民ですが、同時に戦闘員としての役割を果たしていたと考えられます。

息吹く民(後代の伊福部氏)の中には産鉄、製鉄、冶金など様々な金属系の技能を持った人々がいて、例えば移動先の現地において地元民を指導し、技能が向上したある集団も後代において伊福部氏を名乗ったり、別の集団は金山彦命を祭神として祀ったりしたのではないでしょうか?

彦坐王が様々な金属系の技能民を率いているように見えたのは、時代が下って発展した後の技能民集団と誤解したからです。つまり、彦坐王の時代の状況をそれが発展した後代の状況から判定するため、総勢千人のはずが何万人にも見えてしまうのです。

金山彦命が比較的新しい神とされているのは、発展の最終段階で登場した神であったからと思われます。南宮大社の金山彦命は様々な金属系の職能を集約した神であり、加えて鎮座地一帯は蹈鞴製鉄に適した場所であり、この神が祀られる必然性があったのです。

また、彦坐王が様々な金属系の職能集団を率いていたとの仮定を置いても、金山彦命は様々な金属系の職能を集約した神なので南宮大社に祀られるのは妥当だと思えます。この辺の事情は同社の写真をアップした後で詳しく書いていく予定です。

前口上はこれくらいにして、不破郡垂井町宮代字峯1734番地の1に鎮座する南宮大社を訪問しましょう。この検討には相当長い時間が必要で、しかも難しそうな予感があります。

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境内図です。画像サイズを大きくしていますので、配置がわかると思います。

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正面の楼門です。国の重要文化財です。

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楼門を斜め横から撮影。

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楼門裏側の狛犬。

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もう一体の狛犬。

楼門を潜ると広大な境内があり正面に舞楽を奉納する高舞殿があります。

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高舞殿。重文です。

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拝殿。こちらも重文。南宮大社には至る所に重文の建物があります。

まずは基本情報を知るため岐阜県神社庁より同社由緒を引用します。

御祭神金山彦命は、神話に古く、伊勢神宮の天照大神の兄神にあたらせられる大神様であります。社伝によれば、神武天皇東征のみぎり、金鵄を輔けて大いに霊験を顕された故を以て、当郡府中に祀らせられ、後に人皇十代崇神天皇の御代に、美濃仲山麓の現在地に奉遷され、古くは仲山金山彦神社と申し上げたが、国府から南方に位する故に南宮大社と云われる様になったと伝えます。…以下略。

ホームページは下記を参照ください。
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=2574&shrname=%E2%98%85%E5%8D%97%E5%AE%AE%E5%A4%A7%E7%A4%BE%E2%98%85

創建は神武天皇、崇神天皇の時代とされ古い神社だと理解されます。そう言えば、葛木坐火雷神社、尾張一宮の真清田神社も神武天皇或いは崇神天皇の時代の創建で、事実関係はともかくとして、何となく似通った雰囲気があります。

一方、南宮大社のホームページには以下のように書かれています。

金山彦命を主祭神に、旧国幣大社で美濃国一の宮として、また全国の鉱山、金属業の総本宮として、今も深い崇敬を集めています。

南宮大社ホームページ。
http://www.nangu-san.com/sub1/

金山彦は元来鉱山神ですが、そこから派生して鍛冶、製鉄、金工、鏡作りに至る金属系全般の総元締め的な神となっており、これは天香山命の属性そのものと言えます。また既に書いたように、南宮大社が金属系全般の象徴とも言える金山彦命を祭神とするのは、彦坐王が金属系を主体とする職能集団を率いてこの地に至ったこと、近くの美濃赤坂金生山で鉄鉱石を産出すること、鎮座地一帯が蹈鞴製鉄に適した場所であることなどが複合した結果であり、同社ホームページに全国の鉱山、金属業の総本宮と記載されているのも、そうした事実の反映ではないかと思えてきます。

一帯が蹈鞴製鉄の適地であること示すものに金山祭があり、通称で鞴祭(ふいごまつり)と呼ばれます。鞴とは金属精錬や加工の際、火力を強めるために用いる送風装置を意味します。祭の名前からは伊福部氏の存在が感じ取られ、鞴祭は本来なら伊福部氏が祀る伊富岐神社の祭礼とした方が良さそうにも思えてきます。金山祭に関しては南宮大社のホームページから以下引用します。

通称「鞴祭」と呼ばれ、地元の野鍛冶(農具などの鍛冶屋さん)の奉仕で、古式ゆかしい鍛錬式が行われる。金物の神様として知られる南宮大社らしい祭りで、全国から鉱山・金属業者が参拝に訪れ、境内はにぎわう。この祭りは、祭神が府中の地から現在の南宮山の麓の地へ移った日に由来する鎮座祭。その日は、社伝によれば、崇神天皇五年霜月上申日、つまり十一月九日にあたる。八日に行う金山祭は前夜祭あるいは神迎えの神事と考えられる。鍛錬式は高舞殿の上で行われる。午前一〇時半、神職のほか烏帽子に直垂姿の野鍛冶(奉行という)、楽人などがそろい、清めのお祓いのあと宮司が火打石で点火する所作をする。炉は前もって鞴で火がおこしてあり、炉からオレンジ色に焼けた鋼を取り出して鉄床にのせる。その鋼を奉行三人が「トンテンカン、トンテンカン」と槌音も高く鍛錬する。

南門から外に出たところには金敷金床社が鎮座しています。鋼を鍛錬するときの鉄床を金敷金床の神様として祀っているのでしょう。(鎮座場所は南宮大社ホームページの境内図を参照)同社の境内社写真などに関してはWikipediaを参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%AE%AE%E5%A4%A7%E7%A4%BE

南宮大社は伊福部氏と直接の関係はないにせよ、伊福部氏の指導を受けた集団が後になって金山彦命を祀った可能性はあります。また、彦坐王が率いた様々な職能民の存在が南宮大社の創建に繋がり、金属系を集約したような金山彦命が祭神となった可能性も指摘できることになります。従って、南宮大社は彦坐王の遠征部隊全体に絡む神社となるのです。(注:南宮大社の社名と祭神は一筋縄ではいかない部分があり、後の回で別の視点から再検討します)

話は変わりますが、境内図を見ると本殿に向かって右手に隼人神社が鎮座しています。撮影を漏らしているので、写真はWikiを参照ください。実はこの隼人神社は平将門と関係があります。京都の四条でさらし首になった平将門の首は、故郷の関東を恋しく思うあまり獄門を抜け出して飛び立ちました。将門の首が関東に戻れば再び反乱が起きる可能性があり、それを恐れた南宮大社が祈願したところ、隼人神社に座す隼人神が矢をつがえ将門の首を射落としたのです。首が落ちた場所には現在御首神社が鎮座しており、こちらも後で訪問する予定です。

それにしても、不破の地峡帯を越えて美濃に入り東に進んでいるのに、尾張氏の姿はまだ見えてこないようです。(注:野上行宮は尾張大隅の私邸でしたが、彦坐王の時代から大きく下るので直接の関係はありません)一体いつになったら真打ちが登場するのでしょうか?

          尾張氏の謎を解く その97に続く
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