日吉神社 その2


今回は日吉神社の解説板から見ていきます。

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解説板。

なるほど、日吉神社は七つのお宮の全体を指しているのですね。もう少し詳しく知るため岐阜県神社庁ホームページより引用します。

近鉄養老線の広神戸駅の北東に鎮座する。旧県社。弘仁8年(817)最澄が近江日吉神社の大宮、二宮、宇佐宮、樹下宮の四社を勧請して創建。貞願2年(860)円仁が客人宮、牛尾宮、三宮の三社を追斎し、延暦寺が本社と同じに崇敬する基をかためたと伝えられる。一説には、最澄に帰依した郡領安八大夫安次が勧請したものという。このとき、最澄は神像四躰。円仁が神像三躰を彫刻し、所謂三王七社が揃った。当社は、中世の延暦寺領平野庄の中心に位置していたこともあって、庄園支配地の崇敬を集め勧請されたのであろう。御祭神は、本宮は大巳貴命を主神とし、二宮は大山咋命、宇佐宮は瑞津比売命、樹下宮は鴨玉依比売命、客人宮は白山比売命、牛尾宮は大山咋命荒霊、三宮は鴨玉依比売命荒霊を奉斎し、併せて白鳥他土合殿には、地主神に倭武尊、天津日子根命、昭和24年に招魂社を奉斎する。当社の祭礼は、神戸山王まつりと称し、神輿七基を担いで川を渡る昼渡御、朝渡御、還渡御の三回の疾走がある。この神輿および百八灯明台は県指定重要有形民族文化財である。尚、当社には国、県、町指定の重要建造物や文化財を収蔵する。

ホームページは以下となります。
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=94&shrname=%E2%98%85%E6%97%A5%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85

上記によれば、最澄がまず四つの宮を勧請し、次に円仁が三つの宮を勧請したことになります。平安時代の大物が関与していたと理解される内容です。この七つの宮を見ていきたいと思いますが、何やら磐座のような岩が幾つか目に留まりました。

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大宮とあります。こんな岩を最澄が運んだのでしょうか?

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二の宮です。

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宇佐の宮です。

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樹下の宮です。以上が最澄関連です。

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牛尾の宮。ここからは円仁の関連。

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客人の宮。

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三の宮。

最澄や円仁の時代にこれらの岩が運ばれたとは思えません。多分後の時代のものなのでしょう。

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神輿殿。

新しい建物です。神輿殿の向こうに社殿が見えています。次回はこれらの社殿を見ていきます。
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