尾張氏の謎を解く その115


犬山市は古代における尾張国丹羽郡の領域内であり、現在の犬山市・扶桑町・大口町・江南市・岩倉市・一宮市の東部一帯が丹羽郡となります。犬山市内には尾張氏と関係しそうな針綱神社が鎮座しています。鎮座地は犬山市大字犬山字北古券65-1。祭神は以下の同社解説板を参照ください。

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解説板。

祭神は数多く、尾治針名根連命(おわりはりなねむらじのみこと)が主祭神で、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、菊理姫命(きくりひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)と続き、玉姫命(たまひめのみこと)、建筒草命(たけづくさのみこと)、建稲種命(たけいなだねのみこと)、建多乎利命(たけたおりのみこと)、大荒田命(おほあらたのみこと)、尾綱根命(おつなねのみこと)となっています。解説板には書かれていない祭神として、Wikiは尻調根命(しづきねのみこと)を挙げています。けれども尾綱根命と尻調根命は同じ人物のはずなので、分けて記載するのは疑問があります。

まず数の多い祭神をグループ分けします。尾治針名根連命は天火明命の十四世孫にあたり、父神が尾綱根命となります。針綱神社の社名はこの二人の名前から採ったとも考えられます。天火明命の五世孫・建筒草命と葛木坐火雷神社に登場した天火明命の六世孫・建多乎利命、建稲種命はいずれも尾張氏系であり、祭神の主力は尾張氏となります。彼らを系図風に書けば以下の通り。

建筒草命-建多乎利命-・・・-建稲種命-尾綱根命-尾治針名根連命。 

大荒田命は邇波県君の祖で娘の玉姫命は建稲種命の妻となり、玉姫命と建稲種命の子が尾綱根命(尻調根命)になります。つまり尾張氏系と邇波氏系が融合した後の神様が同社主祭神となっている訳で、ここに針綱神社の性格及び尾張氏と邇波氏の関係が如実に表れています。

菊理姫命は白山神であり、白山大明神と称えられ白山平に遷座しました。大己貴命はどこにでも出てくる神なので横に置けば、針綱神社は尾張氏系、邇波県君、白山神系の三つにグループ分けできることになります。では、鎮座の順番はどうなるのでしょう?土地柄を考えれば、まず邇波県君系が最初で、次に尾張北部に勢力を伸張させた尾張氏、最後に白山神となるのでしょうか?

ただ、邇波県主系の墓と考えられる東之宮古墳は白山平山にあり、針綱神社は一時ここに遷座している事情が気になるところです。調べたところ、針綱神社は当初の鎮座地が犬山城天守台付近で天文6年(1537年)に織田信康が白山平へと遷座し、江戸時代は白山妙理権現や、白山針綱大神宮などと称されていたようです。 これらから見て白山系は戦国時代以降と考えられます。

針綱神社の創建年は不明ですが、5世紀以降尾張氏が勢力を増し尾張国の北端部まで進出し邇波氏と融合した(或いは尾張氏が国造として丹羽稲置となった邇波県君を支配下に置いた)後の時代と考えられ、5世紀から6世紀頃と推定します。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

現在の鎮座地も犬山城内と言った雰囲気です。犬山市は明治5年(1872年)、犬山村が稲置村に改称されています。かつての武家のイメージが強い犬山を、それ以前の時代を連想させる稲置に改称したものと思われ、正しくこの場所が県稲置の地であったと理解されます。針綱神社が現在地に移転したのは明治15年(1882年)ですから、社殿はどれも比較的新しく感じられます。

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針綱神社の鳥居です。

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針綱神社から見た白山平。

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拝殿です。

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拝殿を正面から撮影。

犬山市には桃太郎伝説があります。詳細は以下を参照ください。基本的な事項はほぼ全て網羅されています。
http://www.asukanet.gr.jp/tobira/momotaro/momotaro.html

大和や山陽道の吉備国などで既に見てきた桃太郎伝説のほとんどは吉備津彦命に関係していました。ところが犬山の桃太郎伝説には吉備津彦の姿が見られません。吉備津彦命がいないのに犬山には桃太郎伝説があるのです。これはなぜでしょう?

吉備津彦命と彦坐王の遠征部隊は目的を同じくすることから、密接な連絡を取り合っていました。吉備津彦命の活躍が彦坐王の遠征部隊に伝えられ、それが地元民の耳に入り、時代を経て秦河勝と吉備津彦命の伝説が合体して桃太郎伝説となった時点で、遠い過去の記憶を掘り起こした犬山の地元民がこちらにも桃太郎伝説があると思ったのではないでしょうか?そう考えると実に面白いですね。

余談はさて置き、彦坐王の遠征部隊は犬山から南下していきます。庄内川に向かう途中には大縣神社が鎮座しています。この神社に関しては「熱田神宮の謎を解く その22」で書いていますのでご参照ください。


大縣神社は邇波県における邇波氏の最重要神社で、犬山市の南に位置しています。彦坐王は今までの経緯から邇波氏と会っているはずなので、遠征部隊は犬山市を南下しつつ移動していたと考えられます。大縣神社のさらに南は小牧市となり田縣神社が鎮座しています。田縣神社に関しても「熱田神宮の謎を解く その21」でアップ済なのでご参照ください。

            尾張氏の謎を解く その116に続く
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