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尾張氏の謎を解く その118

尾張氏の謎を解く
11 /28 2015

高座山に向かうには、五社大明神社の手前を右手方向に進みます。(注:高蔵寺と言うお寺の脇からも登れます)

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この右手の道を歩き高座山へと向かいます。

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けやきの右側の道を進みます。左側は砂防ダムができています。

少し歩けば鉱物趣味の方が水晶を探す場所に至ります。けれども今回の目的は水晶ではないのでパスすることに…。

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水晶の産地。ここで採れるのは小さい水晶ばかりのようです。

それほどきつい登りはないので、楽に歩けます。しばし歩くと案内板がありました。

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案内板。 

1㎞ほどで高蔵神社とあります。やはり高座山の山頂に高蔵神社が鎮座していたのです。多分山頂に鎮座では地元の方がお世話をするのに大変なので、山麓に遷座させたのでしょう。高蔵神社の方向に進んでいくと小さな祠が見えてきました。

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小さな祠。

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接近して撮影。

内部は空となっていました。ただ、この祠は東谷山の方角に向いており関係性が見て取れます。さらに登ります。

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高蔵神社の社号標。写真では不明量ですが、社号標の先に社が見えています。

社号標は昭和3年に建てられたものです。この時点だと高蔵神社は五社大明神社に合祀されているはずなのに、なぜそれ以降に社号標が建てられたのでしょう?高座山山頂に鎮座する高蔵神社の重要性を地元の方たちはよく理解しており、山麓に遷座した後もなお高蔵神社に対する信仰が根強く残っていたものと推測されます。

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高蔵神社です。

この高座山山頂こそが、遠い昔天香山命が降り立った場所、言い換えれば彦坐王の遠征部隊が鏡(天香山命)を奉戴しながら至った場所でした。また同時に高倉地命(高倉下命=天香山命)を祀っていた高蔵神社旧社地であり、高座町や高蔵寺の地名の深源となる場所でもあったのです。けれども、注連縄や幣帛、社の隣にある石仏の前に置かれた様々なお道具類を見るといずれも新しく、この場所での信仰が現在もなお続いていると理解されます。社の背後には磐座と思しき巨岩が見えています。

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社と背後の巨岩。

社と巨岩の位置関係からすると、高蔵神社は磐座を御神体として祀っているようにも見えてしまいます。

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巨大な磐座。

社は背後の磐座を祀る形で鎮座していると共に、東谷山の方角を向いています。ここは古代における磐座信仰と天香山命の降臨伝説が融合したような場所になりそうです。

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もう一枚。

ほぼ目的を達したと思われるので山を下ります。お寺の高蔵寺側に下る途中に石碑と解説板がありました。

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石碑です。

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解説板。内容を簡略化して以下に記載します。

智蔵僧正が夜半過ぎにこの場所で座禅を組んでおられると、仏がお出ましになり「私は薬師如来で、人々の苦しみを救うため白い鹿に乗って玉野川の淵から再び現れるであろう」と告げられた。僧正が禅定から覚め東の空に向かって合掌していると山の背から赤々と日が昇りその日は彼岸の中日であった。

この内容には実に興味深いものがあります。次回で書く予定の尾張戸神社に関連して、天香山命(高倉下命)は高蔵山に降り立ち、白鹿に乗って庄内川を渡り東谷山に移ったと言う地元の伝承があるからです。つまり最初に天香山命が白い鹿に乗って庄内川を渡った。次に薬師如来が白い鹿に乗って庄内川から再び現れたことになります。これは明らかに、天香山命を薬師如来になぞらえています。神仏習合思想からすれば、天香山命の本地が薬師如来とも言えるでしょう。

高座山の麓にある高蔵寺は平安時代の承平3年(933年)に比叡山の僧智蔵によって創建されました。彦坐王の時代から約600年後、比叡山から高座山に来た智蔵は、天香山命が白い鹿に乗って高座山から庄内川を渡り東谷山に移ったとの伝承を熟知していたのです。だから解説板も、薬師如来は再び現れるとの表現になっているのです。この伝承の痕跡は庄内川に架かる橋に鹿乗橋(かのりばし)の名前に残っています。


鹿乗橋の位置を示すグーグル地図画像。ストリートビューで橋の名前が確認できます。

解説板にある玉野川とは庄内川のことで、土岐石やメノウなどの玉類が採取されることから玉野川の名前になったと思われます。

高蔵寺に関しては「熱田神宮の謎を解く その24」にて書いていますので、ご参照ください。

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高座山を背にした高蔵寺。画像サイズを大きくしています。なかなかいい雰囲気です。

以上から高座山山頂に祀られていたのは天香山命と確認され、それによりこの地に彦坐王一行が来たことも証明できることになります。このことは、次回で書く予定の尾張戸神社の伝承からも一定程度確認され、尾張に入ってからの彦坐王の動きもほぼ正確に辿れていることになります。


高座山と東谷山一帯の位置を示すグーグル画像。

高座山ではかなりの収穫がありました。東谷山でも同様の収穫が期待されます。

         尾張氏の謎を解く その119に続く
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コメント

非公開コメント

No title

失礼します。
春日井は時々行くのですが、高蔵神社は知りませんでした。面白いところですね。今度行ってみます。
春日井市 白山町9丁目2 の白山神社にきれいな観音堂がありますよ。

先日、神戸に行ってきました。保久良神社にも磐座の岩がごろごろありました。

Re: No title

こんばんは。

高座山山頂に鎮座する高蔵神社に行くのはちょっとリスクがあるのでお勧めできません。それよりも、東谷山や白鳥塚古墳の方が面白いと思います。もう既に行かれたかもしれませんが…。

尾張の北部は白山神社が多いようですね。なぜなのか理由を知りたいものです。

保久良神社はネットで見るとかなり面白そうな神社ですね。古代祭祀の跡があり様々な遺物が出土しているようですが、なぜこの場所なのかを探索したら見えてくるものがあるかもしれません。

酔石亭主

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