尾張氏の謎を解く その120


前回で書いたように、今回から一宮方面隊(彦坐王と別れ一宮市方面に向かった伊福部氏などの別動隊と倭姫命一行)の動きを見ていきます。彦坐王の軍勢が二手に分かれたのは東山道・大野駅のあった揖斐郡大野町郡家を出て根尾川を渡った付近と想定されます。


揖斐郡大野町郡家と根尾川の位置を示すグーグル地図画像。

郡家は郡衙、郡院とも言い、7世紀後半頃に成立した古代の律令制度において、郡の官人(郡司)が政務を執った役所を意味します。こんなに古い時代の役所の名称が現代にまで残っているとは驚きです。

その103」にて既に書いていますが、郡家の南、大野町立南小学校の東には上磯古墳群(岐阜県揖斐郡大野町上磯亀山256付近一帯)があり、前方後方墳の北山古墳(4世紀後半から5世紀前半の築造)と南山古墳、前方後円墳の亀山古墳(全長98m、4世紀後半の築造)が現存しています。そして北山古墳、亀山古墳からは3面の鏡が出土しています。滅失した笹山古墳は4世紀初頭の築造のようで、柿畑となった現地は若干の盛り上がりが残っており、これが痕跡かもしれません。これらの古墳群は時代的に見て古代の律令制度とは無関係で、彦坐王の動きと何らかの関係がありそうな気配です。


上磯古墳群の位置を示すグーグル画像。

興味深いのは、「その103」でアップした解説板に「在地首長が前方後円墳を受け入れるに至る様子を一望できる重要な遺跡である。」と書かれている点で、前方後円墳を受け入れさせたのが他ならぬ彦坐王ではないかと想像可能になる内容です。時代は下りますが、大野町には野口古墳群があって5世紀後半から6世紀初頭の古墳が密集しています。詳細は以下の大野町ホームページを参照ください。
http://www.town-ono.jp/0000000491.html

大野町全体で200基もの古墳があったとは何とも凄いですね。背後の北側が山で西に揖斐川、東に根尾川が流れる逆三角の平野部が大野町ですが、農地として豊かで川の幸、山の幸にも恵まれていることから、古代人はこの地を重要視したのでしょう。

今回からは郡家を出て根尾川を渡った伊福部氏の一宮方面隊と倭姫命一行がどう移動したのかを、彼らの痕跡を探りながら見ていきます。丹波編で書いたように、彦坐王の軍勢は天照大神を奉じる豊鋤入姫命を守護しながら進軍しました。

この動きは美濃・尾張に関しても同様であるとの前提に立てば、一宮方面隊の移動経路上には伊福部氏の痕跡のみならず、天照大神の元伊勢が点在していなければなりません。そうした点を考慮に入れつつ検討を進めましょう。(注:天照大神のご霊代である鏡を奉じて美濃経由尾張に向かったのは豊鋤入姫命ではなく、二代目となる倭姫命です)

彦坐王率いる軍勢は大野駅のある郡家を出て根尾川を渡り、南東に進路を取って国領から仙道の地名のある政田方面へと移動し、そこからほぼ東方向に進みました。一方一宮方面隊は、彼らの進路が一宮市方面なので政田から南へと進んだはずです。だとすれば、その方面に天照大神の元伊勢があるはずです。調べたところ、想定通り政田から2㎞ほど南に天神神社が鎮座していました。


天神神社の位置を示すグーグル地図画像。

鎮座地は岐阜県瑞穂市居倉字中屋敷781番地。居倉(いくら)の地名で頭に浮かぶものがあります。そう、天照大神を奉じる倭姫命が伊勢への移動途中に滞在した元伊勢、伊久良河宮(いくらがわのみや)です。一宮方面に向かった別動隊が移動を開始してすぐ元伊勢が登場したのですから、幸先はよさそうです。早速行ってみましょう。

IMG_0639_convert_20151130102257.jpg
天神神社鳥居です。

IMG_0649_convert_20151130102421.jpg
史跡伊久良河宮跡の石柱。

IMG_0642_convert_20151130102548.jpg
参道。爽やかな参道です。

IMG_0648_convert_20151130102650.jpg
拝殿。

IMG_0647_convert_20151130102820.jpg
本殿。

IMG_0644_convert_20151130102926.jpg
小さな祠と二つの岩。

右側は天照皇大神宮(神明神社)で左側は倭姫命を祀る倭姫命神社で、それぞれの祠に社名を記した板が掛けられています。かつて一帯は禁足地とされ、御船代石を祭祀していたようです。御船代石の周囲からは神獣文鏡6面、硬玉製などの勾玉が多数出土したとのこと。この地が古代の祭祀場跡であるのは間違いなさそうです。

IMG_0645_convert_20151130103026.jpg
二つの岩。

瑞穂市のホームページによれば、二つの岩は「天照大神御船代石」と「倭姫命御腰懸石」とのことです。どちらがどの岩に当たるのかよくわかりません…。社の位置や岩の形状から判断すれば、写真の左側の岩が「倭姫命御腰懸石」で、右側の岩が「天照大神御船代石」でしょうか?ホームページは以下を参照ください。
http://www.city.mizuho.lg.jp/1501.htm

「天照大神御船代石」は天照大神の神輿を安置した跡とされており、古い絵図には「天照大神御船代石」の前に拝殿が描かれていたそうです。この岩の上に神輿を安置できるのか疑問もありますが、多分鏡を納めた小さな櫃が安置されていたのでしょう。

IMG_0646_convert_20151130103139.jpg
解説石板。はっきり読み取れませんがおおよそ以下の通りです。

この御船代石は垂仁天皇の朝天照大神が四年間鎮座あらせられた伊久良河宮跡とされる伝承地です。

内容は詳しくありません。解説板は以下の通り。

IMG_0641_convert_20151130103228.jpg
解説板。画像サイズを大きくしています。

岐阜県神社庁ホームページによれば由緒は以下となっています。

創建年月不詳と雖も、紀の垂仁天皇の巻に曰く、天照大御神記倭姫命求鎮座大神之処、勿詣菟田篠幡更還之入近江國東廻の美濃國と云倭姫命也。紀曰垂仁天皇十年秋八月一日天照大神還幸を美濃國伊久良川宮四年奉斎と云ひ、之則本村のことにて、今に境内に御船代石とも、御腰懸石とも称する石あり。里伝に本社守川正太夫と云ものの祖先寄付ありと云ふ。考ふるに正しく御遷幸の地なるが故に御旧跡の永く存在せしか。為に太神を奉祀せしものならん。明治六年一月十九日小区郷社に列す。文化財等、天神神社本殿(瑞穂市文化財)伊久良河宮跡(瑞穂市文化財)タブノキ(瑞穂市天然記念物)

今に境内に御船代石とも、御腰懸石とも称する石あり。」と書かれています。この書き方だと同じ岩に二つの名称があることになってしまいますが…。ホームページは以下を参照ください。
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=2708&shrname=%E2%98%85%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85

「倭姫命世記」によれば、倭姫命は、垂仁天皇10年に淡海国坂田宮(現在の米原市宇賀野835-2)より美濃国伊久良河の地に至り、この地で垂仁天皇14年までの約4年天照大神を奉斎します。坂田宮は不破関のほぼ真西に当たるので、倭姫命は彦坐王と伊福部氏の遠征部隊に護られて移動していたと確認されます。坂田宮に関しては以下のWikipedia記事を参照ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E7%94%B0%E7%A5%9E%E6%98%8E%E5%AE%AE

伊久良河宮での滞在を終えた後、倭姫命は2艘の木船で川を下り、尾張国神戸の中島宮(現在の一宮市)に移ったとされますが、中島宮の滞在期間はなぜか短く3か月とされています。いずれにしても、倭姫命が一宮市を目指しているのは間違いなく、一行の経路は比較的簡単に辿れるものと思われます。

一帯は富有柿発祥の地で天神社のお隣には原木と石碑がありました。

IMG_0640_convert_20151130103330.jpg
富有柿の原木と石碑。

由来はWikipediaによれば以下の通りです。

1857年(安政4年)、岐阜県瑞穂市居倉の小倉初衛が栽培を始めた御所系統の柿の木がその起源である。当初は「居倉御所」と呼ばれていたが、接木による栽培に成功していた同じ村落の福島才治により、1898年(明治31年)、「礼記」中「富有四海之内」の1文から2字を取り「富有」と名付けられ、品評会を通じて世に問われた。
1929年(昭和4年)、原木は天神神社脇に移され一時枯れたが、翌年根元から芽が吹き現在でも葉を茂らせている。

「居倉御所」と言う名前自体が天照大神の元伊勢・伊久良河宮を示しています。酔石亭主としては遠い歴史に思いを馳せられる「居倉御所」に戻していただきたいのですが、無理でしょうね。(注:奈良県御所地区を原産とする柿に御所柿があります)将来接ぎ木などにより新たな品種を作出できれば、それに「居倉御所」の名前を冠することも可能なので、ぜひ検討いただきたいものです。

           尾張氏の謎を解く その121に続く
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

酔石亭主

Author:酔石亭主
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる