尾張氏の謎を解く その122


生津からどんどん南に下ると、安八郡に至ります。伊福部氏と倭姫命の一行は多分豊受神社の脇から舟に乗り、糸貫川を下って長良川本流に入り、しばらく川を下ったのでしょう。豊臣秀吉が美濃攻略に当たり一夜で築いたとされる墨俣城を過ぎ、さらに下ると安八郡安八町森部に至ります。この辺りで一行は休息のため上陸したのではないでしょうか?

と言うことで調べてみると、岐阜県安八郡安八町森部373-10には宇波刀神社(うわとじんじゃ)が鎮座していました。祭神は天照大神、豊受大神、倭姫命、家津御子神となっています。創建は垂仁天皇期で中島宮に至る手前の元伊勢(と言うよりごく短期間の逗留地)と考えられます。


宇波刀神社鎮座地を示すグーグル地図画像。

宇波刀神社、六社神社、大県神社と南北に並んでいます。この三社は関係がありそうに思えてきます。

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宇波刀神社の鳥居と元伊勢宮宇波刀神社と刻まれた社号標。

この場所も元伊勢のようです。それにしても、鳥居から社殿まで結構距離がありますね。

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石段から社殿を見上げます。長良川の脇に鎮座しているので石垣を積んで高くしているようです。

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本殿。

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解説板。画像サイズを大きくしています。

尾張の国に移る途中立ち寄った由緒深い社と書かれており、位置付けは明快です。神鏡の項を読むと、かつては内宮と外宮があり、現在は合併して一つになったように受け止められる記述となっています。岐阜県神社庁のホームページには以下のように書かれていました。

垂仁天皇の御世創建。延喜式神明帳に安八郡宇波刀神社とあるは当社なりと云ふ。社号を亦伊勢大神宮或いは内宮、亦伊久良河宮とも称す。垂仁天皇の御世倭姫命天照大神を奉し、美濃國に遷幸の時、当國に四年奉斎し、次に尾張國に遷り給ふと云ふ。其の事日本書紀に倭姫命世記元々集等に詳なり。

詳細は以下の神社庁ホームページを参照ください。
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=38&shrname=%E2%98%85%E5%AE%87%E6%B3%A2%E5%88%80%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85

神社庁の由緒には「伊久良河宮とも称す。」とありますが、伊久良河宮の比定地は前々回でアップした天神神社と考えられますので、解説板の記事にあるように一時的に立ち寄った場所となりそうです。或いは、美濃国において長期、短期を問わず逗留した場所を伊久良河宮と総称したとする見方も可能なように思えてきます。

倭姫命が伊久良河宮に滞在中、伊福部氏などの警護部隊はそこから中島宮に至るまでの経路選定や舟の手配などを事前に済ませているはずで、彼らの一部は一足先に現在の一宮市に入っていると考えるべきでしょう。地図画像で見たように、宇波刀神社のすぐ近くにも神社があったので、念のため行ってみました。

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六社神社の鳥居。

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石段と社殿。こちらも洪水対策で石垣を高く積んでいます。

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本殿。

鎮座地は岐阜県安八郡安八町森部424番地の1で祭神は天津児屋根命、太玉命、天手力男命、栲幡比賣命、豊石窓命、櫛石窓命となっています。天照大神御遷幸の際にお仕えした6柱の神が祀られていることになり、こちらも元伊勢関連の神社と言っていいでしょう。六社神社から少し南に下ると、大縣神社が鎮座していました。

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鳥居。

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石段と社殿。

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本殿。

大縣神社も石垣を積んだ上の狭い敷地に社殿が鎮座しています。どうも味気ない雰囲気ではありますが、場所柄致し方ありません。同社は伊勢神宮の神主である荒木田氏祖神、大宇禰奈神を祀っています。神社庁ホームページには下記の由緒が書かれていました。

創建年紀不詳。祭神大宇禰奈命は神宮荒木田神主の遠祖神にして倭姫命世紀に所見なり。宇波乃神社に縁由ありて祭れるなるべし。当社元大定神社と称し、字表541番の1に鎮座せしが、木曽川上流改修工事の為移転を命じられ昭和二年八月二十九日現在の地に移転をなす。村社縣神社は字表東に鎮座せしが、木曽川上流改修工事の為移転を命ぜられたるを以て当大定神社に合併し、社号を大縣神社と改称し、昭和二年八月九日合併を完了。大縣神社と改称す。

神社庁ホームページは以下を参照ください。
http://www.gifu-jinjacho.jp/syosai.php?shrno=39&shrname=%E2%98%85%E5%A4%A7%E7%9C%8C%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E2%98%85

宇波刀神社、六社神社、大縣神社のいずれも、倭姫命が尾張への移動途中、ごく短期間逗留した場所に創建された神社と理解されます。

          尾張氏の謎を解く その123に続く
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