清須市周辺散歩


清須市と言えば、織田信長の清州城が有名です。新幹線からもよく見えるので、ご存知の方も多いでしょう。面白いのは市の名前は清須なのに、城はもちろん駅やその他の地名も皆清州である点です。清州が優勢のようにも思えますが、歴史書では清須と清州の両方があり、どちらが正しいとは言えそうにありません。地名の由来としては、清らかな川(五条川)の流れる洲があって、そこから清州の名が付いたのでしょう。

清須市に行くための最寄駅はJR東海道線の清州駅です。駅名からすれば誰もが清須市の中心にある駅と思うはずですが、実際には稲沢市北市場町古三味に所在していました。小さな都市にしては不思議な点が多いですね。

清須市は南北に細長く、どこが中心なのか判然としないのも面白いと言うか妙に思える点です。けれども、清洲城を中心に据えて半径2㎞程度の円を描くと、その中にはかなり興味深い歴史が詰まっています。今回は尾張氏の謎解きの参考のためこの地を訪問しましたが、その部分は別途書くとして、ついでにあちこちを見て回りましたのでアップします。

では最初に、御園神明社を見ていきましょう。実はこの場所も元伊勢・中島宮の一つとされています。それなら尾張氏の謎解きに含めるべきとの考え方も出てきますが、ここは多分違うと思われるので別枠とした次第です。


御園神明社の位置を示すグーグル画像。鎮座地は清須市一場734。

清州中学校の左隣の森が御園神明社となります。画像からもわかるように、神社は車の通行量の多い190号線に面しており、頭上を名古屋第二環状自動車道が走ると言う極めて劣悪な環境下に鎮座しています。静謐を旨とする神社のありようからすると、残念なことです。

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鳥居と社号標。

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中嶋宮と刻まれた石柱。

上の方は木が邪魔して見えませんが、伊勢神宮伝承地とあるようです。

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境内。

境内に足を踏み入れると、巨木とまではいかないものの、かなり大きな木が何本もあり神域感が高まってきます。さすが元伊勢伝承地ですね。不思議なのは木の根っこが板根状になっているものが多い点です。

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境内社。

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解説板。

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拝殿。

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本殿。

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由緒を記した解説板。

非常に見えにくくなっていますが、何とか解読したものを以下に記載します。間違いがあった場合はご容赦ください。

社殿によれば垂仁天皇の一六年(一四年のはずだが?)、倭姫命が天照大神の御霊を鎮め奉る適地を求めて美濃の国伊久良河宮よりこの所に遷し奉り三ヶ月斎き奉ったという。それを中嶋宮と称し、その後御園神明社となったと伝える。
近年の研究によれば中嶋宮は、元来一宮市鎮座の中嶋宮に所在したが、その後清州の地に遷座し御園神明社になったと考えられる。御祭神は天照大神、天手力雄命、栲幡千々姫命をまつる。
…以下略

由緒にも書かれているように、同社は元伊勢中島宮ではありません。中島宮は倭姫命の尾張における滞在地を意味していることから、その滞在地に後代創建された神社が清州に遷座したとしても、そこは倭姫命が行っていないので中島宮にはならないのです。

14世紀頃書かれた「神鳳鈔(じんぽうしょう)」には「清須御厨」が記載されていることから、この地は伊勢神宮の御厨(みくりや)があった場所となります。その意味では伊勢神宮との関係が深く、元伊勢伝承が発生する素地はあったと言えるでしょう。
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