尾張氏の謎を解く その136


今回は富士浅間神社を訪問します。鎮座地はで徳重熊野社からさほど遠くない場所に位置しています。鎮座地を示すグーグル地図画像は「その134」を参照ください。

IMG_1720_convert_20151228091312.jpg
鳥居です。

IMG_1721_convert_20151228091408.jpg
境内。

IMG_1725_convert_20151228091505.jpg
神楽殿。

IMG_1736_convert_20151228091539.jpg
立派な社殿。コンクリート製ではありますが…。

IMG_1732_convert_20151228091617.jpg
拝殿。

IMG_1735_convert_20151228091658.jpg
拝殿に接近して撮影。

IMG_1730_convert_20151228091822.jpg
本殿は見えにくいので、奥宮へ登る途中に撮影。 

IMG_1728_convert_20151228091851.jpg
奥宮。

IMG_1729_convert_20151228091927.jpg
奥宮本殿。

境内社は13社ほどありますが、現在の探索とは直接関係ないのでパスします。さて、富士浅間神社が伊副神社かどうか解説板を読んでみましょう。

IMG_1722_convert_20151228092003.jpg
解説板。画像サイズを大きくしています。関係する内容を以下に記載します。

当神社は、古名を「伊福神社」と言う。
ご鎮座の年代は不詳であるが、西暦925年に書かれた「延喜式」と言う書物に早くもその名が見える事より、少なくとも千年以上の歴史を持つ近郷最古の神社である。中世、祐福寺の奥の院として富士山権現を勧請し、爾来福の神、子供の守り神として遠くの地方よりも参拝者が多い。
…以下略

由緒は真っ先に伊福神社と書いています。徳重熊野社はやや曖昧な部分もありましたが、こちらは実に明快です。もちろん明快だからと言って、それが正しいとは限りません。では、伊福部氏と関係する徳重熊野社と富士浅間神社をどう位置付ければいいのでしょう?

実に悩ましい部分ではありますが、両社の近くには針名神社が鎮座しています。ひょっとしたら、針名神社との関係において両社を考えればいいのかもしれません。針名神社に関してはもっと後の回で取り上げる予定なので、両社との関係はその折にでも検討したいと思います。

伊福部氏はこの先さらに南下していきます。その行先は海部郡伊福郷(現在のあま市七宝町伊福宮東)で、ここには伊福部神社が鎮座しています。この場所は宇福寺天神社の元の推定鎮座地からほぼ真南に位置しており、その意味でも地理的な連続性が感じられます。逆に見れば、宇福寺天神社の元の鎮座地である中島郡日下部郷に伊福村があって、伊副神社が鎮座していた証明の一つになるはずです。

式内社・伊副神社の検討は以上です。かなりの史料に当たったつもりですが、残念ながらどれも決定打にはなり得ません。けれども酔石亭主にとっては、伊福部氏が尾張国内をどのように移動したのかが最も重要な点で、その意味では一定の成果もありました。ここまでの検討により、尾張に入った伊福部氏の動きは以下のように推定されます。

尾張における伊福部氏の本拠地(伊富利部神社の鎮座する一宮市木曽川町門間一帯)から南下したメンバーは中島郡日下部郷に至った。そこからさらに南下したメンバーの一部は甚目寺の南辺りで古代東海道に入り、徳重熊野社や富士浅間神社の鎮座地周辺にやって来た。古代東海道に入らなかったメンバーは、そのまま南下して伊福部神社が鎮座する海部郡伊福郷に入った。

以上、式内社・伊副神社の検討を通して伊福部氏の尾張における動きを多少なりとも復元することができました。次回は海部郡伊福郷に鎮座する伊福部神社を訪問する予定です。

ここで急に話が変わります。先日テレビで伊吹そばに関する番組を見ていたところ、伊富貴さんと言う方の名前が出てきました。これは伊福部氏の関係かと思い、早速伊富貴姓で検索してみると、岐阜県で23人中15人が米原市となっていました。続いて伊吹姓でチェックすると、全国で814人。滋賀県全体で165人中、長浜市が107人となっていました。

この結果だけを見ると、二つの姓は伊福部氏関連と思いたくなります。けれども、別の見方もありそうです。米原市、長浜市のどちらも伊吹山を望む位置にあり、二つの姓は伊福部氏の関連ではなく伊吹山山麓にある伊吹村に由来する姓とも考えられるからです。伊吹そばに関しては以下を参照ください。
http://eateco.e-radio.jp/e1208002.html

伊吹山は日本蕎麦の発祥地とされ、標高450mの伊吹山中腹にかつてあった伊吹村大字太平寺では昭和の初め頃まで蕎麦が栽培されていたとのことです。復活した伊吹山のそば畑は、「尾張氏の謎を解く その39」にてアップしていますので参照ください。

              尾張氏の謎を解く その137に続く
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

酔石亭主

Author:酔石亭主
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる