室生寺


丸一年以上をかけて尾張氏の謎解きを終え、愛知県における歴史の謎解きはほぼこれで完了したも同然です。その過程で大和、近江、丹波、美濃などを歴訪しました。おかげで壮大なストーリーを書けたものの、目ぼしい歴史の謎がなくなってしまうと言う問題に直面することに…。もちろん単発的な謎は各地に転がってはいますが、当面そうしたものに手を付ける気にはなれません。

長編的な謎としては物部氏や、安曇族、宗像海人系、邪馬台国と天孫系、出雲などが挙げられます。どれも面白そうな謎ですが、北九州や島根へ長期間出向く必要があり、現状では取組不可能です。なので、しばらくは昨年行った場所でまだアップしていない記事などを書いていくことにしました。最初に、昨年秋に行った室生寺をご紹介します。


室生寺の位置を示すグーグル地図画像。所在地は奈良県宇陀市室生78。

室生寺に関しては以下のホームページがあります。
http://www.murouji.or.jp/

ただ、この中には寺の由緒(縁起)が書かれていません。妙ですね。Wikipediaによれば創建は以下の通りです。

天武天皇9年(680年)、役小角(役行者)の草創、空海の中興という伝承もあるが、記録で確認できる限りでは、奈良時代最末期の草創と思われる。室生寺の東方約1キロのところには竜神を祀る室生竜穴(りゅうけつ)神社があるが、室生寺の草創にも竜神が関係している。
『続日本紀』や『宀一山年分度者奏状』(べんいちさんねんぶんどしゃそうじょう)によると、奈良時代末期の宝亀年間(770年-781年)、時の東宮・山部親王(のちの桓武天皇)の病気平癒のため、室生の地において延寿の法を修したところ、竜神の力で見事に回復したので、興福寺の僧・賢憬(賢璟)が朝廷の命でここに寺院を造ることになったという。

奈良時代の終わりの創建としても、非常に長い歴史を持ち、朝廷とも関係があったことになります。元禄時代に真言宗寺院となり、女性の入山が許されたことから「女人高野」と称され、現在では多くの観光客が訪れる有名寺院となっています。

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室生寺の手前に架かる橋。

この橋を渡ると俗界を後にして仏の領域に入ることになりそうです。

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木造の家屋。かつては旅館だったのでしょう。いい雰囲気です。

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橋の真ん中付近から撮影。

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橋から見た川と背後の山々。

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橋を渡ってから撮影。

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室生寺の紅葉。昨年は暖冬のせいで紅葉の状態が非常に悪く感じられました。

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紅葉をもう一枚。
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