知里付神社


今回は浦島太郎伝説の残る知里付神社(ちりふじんじゃ)です。鎮座地は知多郡武豊町東大高池田34。祭神は少彦名命、菅原天神となっています。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

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鳥居と社号標。

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境内と拝殿です。

神社特有の森に包まれたような暗さはなく、あっけらかんとした雰囲気です。左手には何社もの境内社が並んでいます。

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本殿。

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境内に入って左手に浦島神社が鎮座しています。新しいものです。

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浦島神社。

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境内社の熊野神社。

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秋葉神社。

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解説板です。画像サイズを大きくしています。

神社の創建は垂仁天皇の26年とされていることから、知多半島では屈指の古い神社となります。知里付神社には「あけずの箱」(玉手箱)が残されています。周辺には浦島太郎に関する地名が多く残り、 浦之嶋、浦島橋、負亀の松、竜宮神社、乙姫橋などの地名と神社があり、真楽寺には浦島太郎を乗せた亀のお墓もあります。どれも知里付神社の近くに位置しますので、興味のある方は行ってみてください。

詳しくは以下の武豊町観光協会ホームページを参照ください。
http://taketoyo.info/chiebukuro/62.php

でも、なぜ武豊町に浦島太郎伝説があるのでしょう?この伝説は丹後半島が有名ですが、半島の根元には籠神社が鎮座しており、その社名は祭神の彦火明命が竹で編んだ籠船に乗って、海の彼方の海神の宮(竜宮)に行かれたことに由来しているとの伝承があります。一方「尾張氏の謎を解く」シリーズで、彦坐王に率いられた伊福部氏が尾張に至り、それに海部氏が同行したとの推論を書いています。尾張に至った海部氏は武豊町にまで足を伸ばし、浦島太郎伝説を残したのかもしれません。

これは全くの想像なので確かな根拠はありませんが、そう考えるとちょっと楽しくなってきます。武豊町の神社探索は以上です。
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