邪馬台国と大和王権の謎を解く その8


大神神社(おおみわじんじゃ)は以前にも訪問していますが、今回は改めて記事を書くこととします。


鎮座地を示すグーグル地図画像。鎮座地は桜井市三輪1422。

大神神社のありように関しては、以下Wikipediaより引用します。

三輪山そのものを神体(神体山)としており、本殿をもたず、江戸時代に地元三輪薬師堂の松田氏を棟梁として造営された拝殿から三輪山自体を神体として仰ぎ見る古神道(原始神道)の形態を残している。三輪山祭祀は、三輪山の山中や山麓にとどまらず、初瀬川と巻向川にはさまれた地域(水垣郷)でも三輪山を望拝して行われた。拝殿奥にある三ツ鳥居は、明神鳥居3つを1つに組み合わせた特異な形式のものである。三つ鳥居から辺津磐座までが禁足地で、4~5世紀の布留式土器や須恵器・子持勾玉・臼玉が出土した。三輪山から出土する須恵器の大半は大阪府堺市の泉北丘陵にある泉北古窯址群で焼かれたことが判明した。

上記から三輪山の特異性や、三輪山祭祀が大和川と纏向川に挟まれた水垣郷において行われていた点が確認されます。「日本書紀」の神代上 第八段には三輪山に関して大略以下のような内容が書かれています。

大国主神はまたの名を大物主神、または国作大己貴命と言い、少彦名神とともに国造りをしていたが、国造りが終わる前に少彦名神は常世郷(あの世)に行ってしまった。大己貴神(おほあなむちのかみ)が、この先たった一人でどう国造りをすればいいのかと嘆いていると、海原を照らしてたちまち浮かび来る者(神)があった。その神は、私がいなければどうして国が安寧になろうかと言った。大己貴神があなたは誰かと問うと、私はあなたの幸魂奇魂だと答えた。大己貴神が、あなたはどこに住みたいと思うのかと問うと、私は日本国の三諸山(みもろやま、三輪山)に住みたいと思うと答えた。これが大三輪の神である。

上記は非常にわかりにくい内容です。けれども、過去の出来事を神話的に表現したものと考えれば、おぼろげながら輪郭が見えてきます。すなわち三輪山の山麓には元々出雲系が暮らしていた。そこにニギハヤヒを奉じる物部氏系が入ったことから、出雲系は山を物部氏系に譲った。そうした過去の出来事が、上記のような神話になったものと推測されます。或いは出雲地方における大己貴命の話に三輪山の大物主神のストーリーを繋げてしまったのかもしれません。真相は不明とせざるを得ませんが、三輪山とその山麓は大物主神を祀る聖なる場所であることは確かだと思われます。

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大神神社の大鳥居です。実に大きいですね。

写真で見るとこの場所は交差点のような形になっています。写真の左手側の道に入ってみましょう。

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立派な門構えの古いお屋敷があります。

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その先の鳥居。

この鳥居が一の鳥居でした。参拝客は誰もいません。これが一の鳥居と知って来る人はほとんどいないのでしょう。鳥居の先に建物が見えています。大神教本庁の建物のようです。

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大神教本庁。

正面には大神教と書かれた木製の額が掛かっています。驚いたことに、この額は天理市にある柳本大塚古墳の木棺材を使用したものだそうです。柳本大塚古墳は前方後円墳で3世紀末から4世紀前半にかけての築造とされ、最古級ではないものの古墳時代前期前半に当たる古いものとなります。そうした代物が額として使用されているのですから、さすがに大和は奥が深い…。

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大三輪神祠。

何と、京都の蚕ノ社で見られるような三柱鳥居が建っています。これは大神神社や檜原神社にある三つ鳥居とも異なる形式と思われます。

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解説板。画像サイズを大きくしています。

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大神教に関する解説板。画像サイズを大きくしています。

天理教との関係が特に詳しく書かれています。金屋に天理教の敷島大教会があったのは、偶然などではなく、大神神社と天理教の関係が影響していると理解されます。大神教は大神神社の説教や祈祷、講社業務などを行っていた組織が始まりですが、1882年1月24日の神仏分離令により、神職の宗教活動が一切禁止されたことから、大神神社の祢宜小嶋盛可が、宮司の了承のもと分離独立して、1883年に創立されたのが大神教会とのことです。詳しくは以下を参照ください。
http://www.shinshuren.or.jp/orgdetail.php?id=5

ここまでの写真は以下のグーグル地図画像の範囲で撮影しています。


位置を示すグーグル地図画像。

寄り道となりますが、大鳥居の写真の右手側の道を進みます。少し進んで右に曲がると視界が開け、聖山・三輪山の姿をほぼ正面から拝することができます。


三輪山の撮影位置を示すグーグル画像。

画面の範囲内で南北に延びる道路付近から三輪山を撮影。全体の位置関係は拡大表示して参照ください。

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三輪山です。標高は467m。

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聖山としての雰囲気満載です。

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もう一枚。画像サイズを大きくしています。

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山頂部分をズーム。

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さらにズーム。

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稜線部分。

山の写真ばかりですが、その姿・佇まいを見ても聖なる山との実感が湧いてきます。面白いのは、周辺の山々がほぼ暗い緑一色なのに対し、三輪山だけが様々な色彩を纏っていることです。

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三輪山の北側の山。違いは一目瞭然です。

なぜでしょうね?三輪山は古代から山そのものが御神体であるとされてきました。その御神体に立ち入ることは許されず、禁足地とされてきたのです。禁足地であるがゆえに、人の手は入らず、今に至るまで原始的な様相がそのまま保持されてきた。だから三輪山だけが違った色彩を纏って見えるのでしょう。ただ秋の写真だと、三輪山の北側の山もまた違って見えるようです。

       邪馬台国と大和王権の謎を解く その9に続く

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