岡崎市の神社仏閣探訪 その16


岡崎公園を続けます。

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大きな松の木が並び、本丸へと向かう石段が見えています。

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石段。なかなかいい雰囲気です。

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岡崎城です。

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解説板。

Wikiによれば岡崎城築城の経緯は以下の通りです。

1452年(享徳元年)または1455年(康正元年):龍頭山の砦として三河国守護仁木氏の守護代西郷氏が築城。1531年(享禄4年):松平清康(徳川家康の祖父)が城主となり、城郭を整備して勢力を広げたが家臣の謀反により命を落とす(森山崩れ)。1542年(天文11年):城内で竹千代(後の徳川家康)が生まれる。

詳細は以下のWikipedia記事を参照ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E5%9F%8E

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岡崎城の手前には龍城神社(たつきじんじゃ)が鎮座しています。社殿は新しい。

龍城神社創建と後の経緯は以下Wikipediaより引用します。

1452年(宝徳4年)または1455年(康正元年): 社伝によると、三河国守護代・西郷稠頼が岡崎城を築城した際に龍神が現れ、城の井戸から水を噴出させて天に去っていたという。以降、天守に龍神を祀り、城の名を龍ヶ城、井戸の名を龍の井と称したという。1543年(天文12年): 岡崎城で徳川家康が誕生した際にも金色の龍が現れたという。1624年~1643年(寛永年間): 徳川家康を祭神として東照宮を岡崎城天守に祀る。1766年(明和3年): 岡崎藩主本多忠粛により東照宮は岡崎城三の丸に遷座。本丸には本多忠勝を祭神(映世大明神)とする映世神社が創建される。1766年(明和3年): 岡崎藩主本多忠粛により東照宮は岡崎城三の丸に遷座。本丸には本多忠勝を祭神(映世大明神)とする映世神社が創建される。1876年(明治9年): 東照宮を岡崎城本丸に遷座、映世神社と合祀して龍城神社に改称する。社殿が造営される。

元々は龍神を祀る神社だったのが、東照宮となり明治になって龍城神社に改称され、その後すぐに岡崎東照宮に改称。大正元年になりまた龍城神社に戻ったようです。ややこしいですね。同社のホームページは以下を参照ください。
http://home1.catvmics.ne.jp/~tatuki/jinjanitsuite_f.htm

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岡崎城をもう一枚撮影。

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天守閣からの眺望。

画像のほぼ真ん中あたりが大樹寺です。

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