邪馬台国と大和王権の謎を探る その28


今回は崇神天皇陵(行燈山古墳)を見に行きます。


位置を示すグーグル画像。所在地は天理市柳本町。

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崇神天皇陵です。

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位置を変えて撮影。さすがに堂々としています。

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古墳と拝所へと向かう石段。

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古墳と周濠。

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拝所。

行燈山古墳の墳丘長は242mで、築造年代は4世紀前半。宮内庁により山辺道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのえのみささぎ)」として第10代崇神天皇の陵に治定されています。ただ、酔石亭主が見落とした行燈山古墳の解説板によれば、周濠の護岸工事に先立つ調査で出土した円筒埴輪の特徴や銅板の存在から4世紀中葉の築造とのこと。4世紀中葉が正しいとすれば崇神天皇の死去推定年である318年より遅い時代となり、築造に10年を要したと仮定しても328年ですから、なお4世紀中葉には届きません。

いや、ちょっと待ってください。Wikiによれば、円筒埴輪の起源は、弥生時代後期に吉備地方で発達し葬送儀礼用の特殊な土器であると考えられている。3世紀半ば過ぎに最初の前方後円墳といわれる箸墓古墳の葬送儀礼で使われた器台や壺(特殊器台・特殊壺)が初めである。とのことです。円筒埴輪は3世紀後半から6世紀にかけて見られるものなので、それをどう4世紀中葉としたのか酔石亭主には判断できません。多分、川西宏幸氏の円筒埴輪編年に基づいているのでしょうが、この編年に関する再検討も進んでいるようです。

纏向周辺の大型古墳築造は箸墓古墳、西殿塚古墳(墳丘長は234mで3世紀後半から4世紀初めの築造)、崇神天皇陵とされる行燈山古墳の順になっています。だとすれば、今までの検討も含め行燈山古墳の築造は4世紀前半と考えて間違いなさそうですが、いかがなものでしょう?また円筒埴輪が古墳内部からではなく、周濠から出土したとすれば後の時代に置かれたものとの推定も可能です。

あれこれ考えても結論は出ないようなので、築造年代の議論は一旦横に置き、拝所から見下ろすと古墳がありました。陪塚ろ号(南アンド山古墳)でしょうか?

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陪塚ろ号。

陪塚とはWikiによれば以下の通りです。

大型の古墳とともに古墳群をなす小型の古墳であり、なおかつ大型の古墳と同一の時代に、その周囲に計画的に建設されたとみなされるものを指す。中心となる大型の古墳に埋葬された首長の親族、臣下を埋葬するもののほか、大型の古墳の埋葬者のための副葬品を埋納するために建設されたものもあると考えられている。

古墳周囲には陪塚が多くあり、以下Wikipediaより引用します。

北側が北アンド山古墳(全長120m)、南側が南アンド山古墳(全長60m)で、それぞれ行燈山古墳の2分の1、4分の1の全長となっている。国道169号を渡った西側にある大和天神山古墳も陪塚とされ、前方部を南に向けた前方後円墳であるが、国道建設時に東側半分が削られている。また、すぐ東に櫛山古墳がある。

崇神天皇陵の陪塚は4基あり、古墳時代前期後半頃の築造とされ、4世紀中葉から後半となるそうです。Wikiの見解では陪塚は大型古墳(行燈山古墳)と同一の時代に建設されたものになり、酔石亭主の見方よりも築造時期が遅くなってしまうことに…。本当に悩ましいですね。いずれにしても行燈山古墳の築造年代に関しては、発掘調査をしない限り明確にはできないと思います。古墳は古代の日本の姿を知るための重要な対象物ではありますが、天皇陵は発掘調査が許されないため、古墳を見ただけでは何もわからないのがじれったいところです。

大和における3世紀後半から5世紀にかけての天皇陵に治定される巨大古墳は、現在の皇統と繋がっているのでしょうか?「皇室典範義解」には万世一系に関して、「神祖開国以来時ニ盛衰アリト雖、世ニ治乱アリト雖、皇統一系宝祚ノ隆ハ天地ト与ニ窮ナシ」などと書かれています。そうでありたいとの願望は理解できますが、実際は異なっている可能性が高いと思われます。だとすれば、古代における日本の真の姿を知る上でも、5世紀頃までの天皇陵とされている古墳の発掘は認めるべきではないでしょうか?生前譲位の問題だけでなく、上記も近い将来の課題として検討いただければ幸いです。

行燈山古墳の築造年代に関しては、確たる答えを提示できないものの、一般的に4世紀前半とされているので、その見解を踏襲することで打ち切りにしたいと思います。

         邪馬台国と大和王権の謎を探る その29に続く



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