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ワンダーアイラインド江の島の謎を解く その4


その1にて竜が棲む深沢は柏尾川流域と書きましたが、「吾妻鏡」には相模の国深澤里の大仏堂云々という記事が見られ、あの大仏の場所までが深沢となっていました。記事からすると、深沢郷は柏尾川流域から現在の笛田、常盤も含み長谷までと、広範囲にわたっていることになります。

通常、昔の里は山や川が境界となっているはず。それにも拘わらず、峠越えする手前と後のいずれもが深沢なので酔石亭主も混乱を来たしました。(単に勉強不足ということですが…)これを合理的に解釈するには、古くから峠を越える道があったので、深沢の範囲が広くなったとするしかないでしょう。今一つ納得できないのですが、いずれにしても長谷方面に竜が棲む40里の湖水など存在できません。ということで、江島縁起における深沢の位置については当初書いた通りで変更なしとします。

では江の島に戻りましょう。

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奥津宮です。

奥津宮の次に岩屋へと向かいます。

岩屋は手前の第一岩屋と第二岩屋があり、第一岩屋は中で左右に分かれています。では第一岩屋に足を踏み入れましょう。手渡されたろうそくの明かりを頼りに、というほどでもありませんが、奥に進みます。入口付近は作り物めいた感があるものの、次第に信仰の場である岩屋本来の雰囲気が強くなっていきます。左側の洞は胎蔵洞と呼ばれています。

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胎蔵洞の行き止まりです。

その名の通り岩肌がやけにぬらぬらして、胎内あるいは女陰そのものの姿に見えます。自分は死んでも子孫はこの穴から再生するという、死と再生の最も原初的な信仰を表しているのでしょうか?女陰を見せた弁財天像と胎蔵洞との間には、明確な繋がりがあるようです。

次に右側の金剛洞に向かいます。胎蔵、金剛となると真言密教の影響も感じられます。金剛洞の突き当たりには石祠が置かれ、ここが江の島信仰の始まりの場所であると書かれています。

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石祠。

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石祠上の岩盤から植物がぶら下がって…。

暗闇の中、どのようにして光合成をしているのでしょう?

続いて第二岩屋へと足を向けます。あっけなく突き当たりに…。

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玉を掴んだ竜が置かれています。質感がソフビの竜を思わせ、やや有難味に欠けます。

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洞内から見た海。

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波蝕棚。

海蝕崖が波の浸蝕作用によって削られてできた平坦な岩床面を、波蝕棚と呼びます。関東大震災における江の島の隆起は約1メートルだそうで、震災前までは海中にあったと思われます。

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岩屋入口の断崖に萎びた大根のようなものが入って…。

触ってみると灰が固まったような石であるのは間違いないですが、どんな経緯で第三紀凝灰質砂岩にこの石が貫入したのかよくわかりません。誰かご存知の方はご教示ください。

         ―ワンダーアイランド江の島の謎を解く その5に続く―
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