近江探訪 その53


員弁川石の記事が続きましたが、今回からまた近江に戻ります。レンタサイクルで西の湖を回り安土が近づくと、結構大きな神社が鎮座していました。活津彦根神社(いくつひこねじんじゃ)です。鎮座地は近江八幡市安土町下豊浦4272。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

祭神は天照大神の第四御子神となる活津彦根命(いくつひこねのみこと)です。早速行ってみましょう。

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鳥居です。

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巨大な拝殿。

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本殿です。

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本殿の解説板。

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神社の解説板。概要を以下に記載します。

創祀年代は不詳なれども、古来豊浦庄の産土神の意を以って庄神大明神(正神大明神)と称す。豊浦庄は天平感宝元年(749年)聖武天皇が奈良薬師寺に御寄進されし処にて、爾来久しく同寺の領有するところとなりしが、中世に及び延暦寺か山王社(日吉神社)の勢力下に入りし。…中略…天正4年(1576年)、織田信長安土城を築くに当たり当社に参籠し国家安穏、五穀成就、武運長久、御城安全、当所の繁栄を祈願し給う。…中略…大坂夏の陣で、井伊直孝彦根神の御加護により大功あり、三十五万石を以って当国に封ぜられ御船を召され当社を参拝あり我城を彦根城と名づけ、永く彦根の御名を給はるべしと神前に誓ひ年々に御供用として玄米四表を寄進する慣例となり幕末に至れり。尚当社活津彦根神社の御分霊を奉斎し彦根市後三條に彦根神社を奉祀し城の守護神とせり。…以下略。

場所柄でしょうか、様々な変遷があった神社と理解されます。何と彦根市の地名は活津彦根神社に由来していました。安土が終わったら行ってみる必要がありそうです。

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境内社の蛭子神社です。

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境内社解説板。鎌倉時代の建仁2年(1202年)創建でなかなかの由緒があります。

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