近江探訪 その61


安土の周辺にはまだ他にも見所があります。それが、滋賀県近江八幡市安土町慈恩寺744にある浄厳院(じょうごんいん)です。このお寺は天正7年(1579年)に信長の命により浄土宗と法華宗(日蓮宗の系統)の僧が宗論を争った安土問答の場として有名で、小説で読んだ記憶が残っています。そうした場に赴けるのも旅の楽しさと言えるでしょう。なお負けたのは法華宗側ですから、日蓮も泉下でさぞ歯ぎしりしたことと思います。

所在地を示すグーグル地図画像。

Wikiによれば創建の経緯は以下の通りです。

正平年間(1346年 - 1370年)近江守護佐々木六角氏の佐々木氏頼より建立された天台宗寺院の慈恩寺威徳院があった。慈恩寺はその後兵火により焼失した。天正5年(1577年)、織田信長は近江国栗太郡金勝山(こんぜさん、現・滋賀県栗東市)の浄土宗の僧・浄厳坊明感を安土に招いた。信長は慈恩寺の旧地に一寺を開き、明感を開山として浄土宗に改め浄厳院と名乗った。
信長は、浄厳院の本堂、本尊等を他所から移してきた。すなわち、本堂は多賀村(現・近江八幡市)の興隆寺の弥勒堂を移したものであり、本尊阿弥陀如来坐像は愛知郡(えちぐん)から移したものであったという。

どうやら安土一帯の寺は、新規に建立されたのではなく、信長が各所から強引に移設したものが多いようです。生き急いだ信長らしさがここでも表現されていますね。では、お寺に行ってみましょう。安土駅方面から向かった関係で、裏から境内に入った形になってしまいました…。

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解説板。

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鐘楼。

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鐘楼の解説板。

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立派な国重要文化財の本堂。

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斜め位置から撮影。

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別の角度から撮影。

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側面。

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本堂の解説板。




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