邪馬台国と大和王権の謎を解く その34


今回の「邪馬台国と大和王権の謎を解く」シリーズを書き進めるにあたり、物部氏の存在は無視できないレベルに達していました。そうした物部氏にとって、石上神宮はどのような存在だったのか興味深いものがあります。物部氏にとって最も重要な石上神宮。きっと面白い謎が詰まっているはずなので、早速検討を始めましょう。

石上神宮のホームページは以下を参照ください。基本情報はこれを見るだけでほぼ十分なほど立派なものとなっています。
http://www.isonokami.jp/

まず同社の祭神を以下に記載します。

主祭神:布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)=神武天皇東征の際に、天皇を危機から救った布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)の御魂。

配祭神:
布留御魂大神(ふるのみたま)=天璽十種神宝の御霊威。
布都斯魂大神(ふつしみたま)=素盞嗚尊が八岐大蛇を斬った天羽々斬剣(あめのはばきりのつるぎ)の御霊威。
宇摩志麻治命(うましまじのみこと)、五十瓊敷命(いにしきのみこと)、白河天皇、
市川臣命(いちかわおみのみこと)=天足彦国押人命(孝昭天皇皇子)の後裔で、当社社家の祖となる人物。

上記の祭神にはそれぞれ別個のストーリーがあるので、順に見ていきます。まず布都御魂大神(布都御魂剣)です。

「日本書紀」の神代上第五段に、伊弉諾尊が十握剣(とつかのつるぎ)でカグツチを斬って滴り落ちた血が五百個磐石となり、これが経津主神の祖と書かれています。神代上第九段には武甕槌神と経津主が十握剣で葦原中国を平定した話があります。

神代から時代は下り神武天皇の即位前紀戌牛六月になります。この年に神武天皇は東征し、熊野において天皇の軍勢が毒気に当てられ機能を停止します。そのとき熊野の高倉下(たかくらじ)の夢に天照大神、武甕雷神が現れ、武甕雷神は高倉下に対し韴霊(ふつのみたま、布都御魂剣)の剣を天孫(神武天皇)に渡すよう語ります。

高倉下が剣を天皇に渡すと、軍勢は復活し進軍を続けることができました。「先代旧事本紀」の天孫本紀によれば、高倉下はニギハヤヒの子で、天香語山命のまたの名が高倉下命となっています。天香語山命は尾張氏の祖であり、高倉下は既に書いたように物部氏の可能性が濃厚な人物です。同じ人物(神)が尾張氏側から見ると天香語山命で、物部氏側から見ると高倉下で物部氏の可能性が高い。どうしてこんなことが起きるのでしょう。酔石亭主の推定は以下の通りです。

以前にも書いていますが、尾張においては尾張南部に勢力を持つ尾張氏がいて、その北側は物部氏の支配地となっています。例えば、熱田神宮の北側の名古屋市熱田区高蔵町9-9には高座結御子神社が鎮座し祭神は高倉下となっています。この場所には高蔵遺跡があり遠賀川式土器が出土しました。九州の遠賀川流域一帯は物部氏の支配地で、大倉主命(=高倉下)を祀る神社が鎮座しています。高蔵遺跡における遠賀川式土器の出土は、後代、遠賀川流域の物部氏(実態はプレ物部氏)が瀬戸内海を渡り、紀伊半島を回って伊勢湾に入った流れの原点となりました。この流れから判断しても高倉下は物部氏系と思われます。

熱田神宮の北西には断夫山古墳がありこれは尾張氏の古墳と推定され、被葬者は尾張草香との説があります。尾張草香は継体天皇の最初の妃・目子媛(めのこひめ)の父親で、安閑・宣化両天皇の外祖父に当たります。名前からして尾張草香は尾張氏となりそうですが、草香の名前は物部氏に関係してきます。例えば、名古屋市千種区には高牟神社が鎮座し、一帯は物部氏の集落で、鎮座地には彼らの武器庫があったとされ、常世の草香島と称されていました。九州を出たニギハヤヒは大阪湾の奥深く、生駒山山麓の日下の入江である河内国草香邑青雲白肩之津に上陸しました。このように草香(日下)は物部氏と関係する地名です。

また、目子媛の墓とされる味美二子山古墳の墳丘上には物部神社が鎮座していたとのことです。以上から、尾張草香と目子媛は、尾張氏と物部氏のどちらでもあり得る人物に見えてしまいます。言い換えると、尾張においては人物Aが尾張氏と物部氏の両面性を持っているのです。これは例えば、人物Aが尾張氏から物部氏に婿入りした、或いは物部氏から尾張氏に婿入りした人物であると考えれば理解可能です。

人物Aは尾張氏側から見たら尾張氏であり、物部氏側から見たら物部氏となるのです。尾張においては尾張氏と物部氏の領域が隣接していたから、そうしたことが可能になったとも言えるでしょう。ただ、天香語山命は尾張氏へと続いていきますが、高倉下の場合は後裔が記録されておらず、ある時点で尾張にいた物部氏が尾張氏に婿入りした可能性の方が高そうです。尾張においては物部氏より尾張氏の方が強い勢力を持っていたので、それも当然ですね。

ちなみに、物部氏の祖神となるニギハヤヒは天照国照彦天火明櫛玉饒速日命と言う長い諡号(しごう)の持ち主です。「先代旧事本紀」は物部氏の祖・ニギハヤヒ(=大物主神)と尾張氏の祖・火明命を同一神としていますが、この場合も尾張氏と物部氏の両面性で見るべきなのでしょうか?多分違うと思われます。

火明命は尾張氏の謎解きで書いたように、その実態はニギハヤヒが天祖から授かり持ち運んだ鏡であり、ニギハヤヒと火明命は不離一体の関係を持つことから、同一神と見做されたのでしょう。崇神天皇の御代に天照大神(鏡)を宮中から外に出す際、別の鏡を作ることになったのですが、鏡作坐天照御魂神社の社伝によれば、その時に試鋳した鏡を天照国照彦火明命(あまてるくにてるひこほあかり)と称えて祀ったとのことで、ここからも火明命は鏡であると確認されます。

そして、天皇家の祖神・天照大神も「その31」で書いたように鏡でした。ニギハヤヒ(=大物主神)もまた太陽信仰に関係し、男神・天照大神との説があります。それは大物主神を祀る三輪山が古代における太陽信仰の中心であることからも確認されます。そう、ニギハヤヒ(大物主神)、火明命、天照大神はいずれも太陽信仰と鏡に深く関係しているので、ニギハヤヒと火明命は同一神と見做され、このことにより物部氏と尾張氏は天皇家から重んじられたのです。

話がそれたので元に戻します。石上神宮の社伝によれば、その後十握剣(布都御魂剣)はニギハヤヒの子で物部氏の祖となる宇摩志麻治命(うましまじのみこと)により宮中で祀られ、崇神天皇7年、勅命により物部氏の伊香色雄命(いかがしこおのみこと)が現鎮座地に遷し、「石上大神」として祀り、石上神宮の創建となります。

神代から神武天皇、崇神天皇と続いた上で石上神宮の創建となるのですから、いかに同社が古い由緒を持つ神社であるかよく理解されます。また配祭神の一柱となる宇摩志麻治命もここで登場しています。

続いて、布都斯魂大神(天羽々斬剣)を見ていきます。「日本書紀」の神代上第八段には、素盞嗚尊が八岐大蛇を退治した剣(十握剣)は、名づけて蛇の麁正(おろちのあらまさ)と言い、これは今、石上宮(いそのかみのみや)にある。と書かれています。「また尾を切ったとき刃が少し欠けたので尾を割いて見ると、尾の中に剣があり、これが草薙剣で尾張国の吾湯市村(あゆちむら)にあり、熱田の祝部の祀る神だと書かれています。

素盞嗚尊が八岐大蛇を斬った十握剣はどのような経緯で石上神宮に遷され、祀られたのでしょう?岡山県赤磐市に鎮座する石上布都魂神社の由緒によれば、同社から石上神宮に遷されたとのことです。「日本書紀」の神代上第八段には、一書に曰くで、その素盞嗚命の蛇を断りたまへる剣は、今吉備の神部(かんとものを)の許に在り、と書かれており、吉備の神部が石上布都魂神社に相当すると思われます。石上布都魂神社に関しては以下のWikipedia記事を参照ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E4%B8%8A%E5%B8%83%E9%83%BD%E9%AD%82%E7%A5%9E%E7%A4%BE

この十握剣(布都斯魂大神)は石上布都魂神社に祀られていましたが、仁徳天皇の御代、霊夢のお告げにより和珥氏系春日臣の族である市川臣命が石上神宮の高庭に遷し、布都御魂大神の東に埋祭したとされます。また、このことは石上神宮の社伝にも記されているとのことです。配祭神の一柱である市川臣命がここで登場してきました。

素盞嗚尊が八岐大蛇を斬った十握剣=布都斯魂剣が石上布都魂神社にあったとの話はやや混乱させられます。理由は十握剣=布都斯魂剣が同社においては布都魂剣と称せられていたからです。Wikiによれば、明治時代までは、素盞嗚尊が八岐大蛇を斬ったときの剣である布都御魂と伝えられていた。明治3年(1870年)の『神社明細帳』では神話の記述に従って十握剣と書かれている。とのことです。名前に捉われず、素盞嗚尊が八岐大蛇を斬った十握剣(十握りもある長い剣)は、その後石上布都魂神社に遷され、最終的に石上神宮にて祀られたと理解すればいいでしょう。

        邪馬台国と大和王権の謎を解く その35に続く
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