FC2ブログ

邪馬台国と大和王権の謎を解く その37

邪馬台国と大和王権の謎を解く
03 /15 2017

今回石上神宮の摂社となる出雲建雄神社を見ていきます。酔石亭主の問題意識では、石上神宮よりこの境内社の方が重要となってきます。それを証するかのように、同社の拝殿(割拝殿)は国宝となっていました。また同社は、石上神宮同様、延喜式にも記載される式内社でもあります。鎮座地にも特徴があります。同社は石上神宮の拝殿、楼門に向き合う位置にあり、しかも一段と高い場所に鎮座しているのです。石上神宮の本宮よりも重要かもしれない出雲建雄神社をチェックするため、早速行ってみましょう。

IMG_2522_convert_20170314104637.jpg
石段の下から撮影。建物は出雲建雄神社の割拝殿です。

IMG_2525_convert_20170314104728.jpg
石段を上がって石上神宮の楼門を撮影。

IMG_2528_convert_20170314104816.jpg
楼門と回廊、拝殿、本殿が見下ろせます。

IMG_2527_convert_20170314104907.jpg
さらに石段を上がった場所に鎮座する出雲建雄神社です。

IMG_2532_convert_20170314104944.jpg
出雲建雄神社。本殿は一間社春日造でそれほど大きくありません。

IMG_2533_convert_20170314105026.jpg
割拝殿(わりはいでん)です。

出雲建雄神社の手前に建っている国宝の割拝殿です。桁行五間、梁間一間で中央に馬道(めどう)と呼ばれる土間があり、通り抜けられるようになっています。鎌倉時代後期の正安2年(1300年)の建築とされています。


IMG_2531_convert_20170314105106.jpg
正面から撮影。

IMG_2524_convert_20170314105134.jpg
解説板です。内容を以下に書き出します。

摂社 出雲建雄神社(いずもたけおじんじゃ)式内社
祭神 出雲建雄神
由緒 出雲建雄神は草薙の神剣の御霊に坐し、今を去ること1300余年前天武天皇朱鳥元年、布留川上の日の谷に瑞雲立ち上る中、神剣光を放ちて現れ、「今この地に天降り諸の氏人を守らん」と宣り給い、即に鎮座し給う。

これだけではよくわかりません。次回で詳しく検討してみましょう。

        邪馬台国と大和王権の謎を解く その38に続く
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

酔石亭主

FC2ブログへようこそ!