邪馬台国と大和王権の謎を解く その38


今回は出雲建雄神社の由緒を詳しく見ていきましょう。前回で既にアップしていますが、もう一度以下に記載します。

出雲建雄神は草薙の神剣の御霊に坐し、今を去ること1300余年前天武天皇朱鳥元年、布留川上の日の谷に瑞雲立ち上る中、神剣光を放ちて現れ、「今この地に天降り諸の氏人を守らん」と宣り給い、即に鎮座し給う。

天武天皇朱鳥元年は686年となります。熱田神宮の謎解きシリーズを最初から読まれた方は、すぐにこの年代の意味を理解されたことと思います。そう、天智天皇7年(668年)に発生した草薙神剣盗難事件に関係していますね。新羅僧の道行によって熱田神宮から盗み出された(とされる)草薙神剣は、新羅に持ち帰られる前に取り戻され、なぜかその後宮中預かりとなります。まあ、草薙神剣は天皇家の三種の神器の一つとされるのですから、そうなっても不思議ではありませんが…。そして686年に天武天皇が病に伏せり、これは草薙神剣の祟りによるものだとの占いが出て、同年の6月10日急遽熱田神宮に送り置かれました。

上記の話から、宮中預かりとなった草薙神剣は実際には朝廷の武器庫である石上神宮にて保管されていた(祀られていた)と理解されます。ところが剣は、686年に本来の所有者である熱田神宮に返還されてしまいました。剣を管理・保管していた物部氏や祭祀していた市川臣の子孫・布留氏からすると、自分たちが管理し祭祀していた剣の現物がなくなってしまったことになります。困った彼らは、出雲建雄神を草薙神剣の御霊として祀ることにしたと推定されます。従って、出雲建雄神社の創建は由緒内容からも理解できるように686年となるでしょう。

出雲建雄神は草薙神剣の御霊と由緒に書かれていますが、なぜか尾張とは関係ない出雲の名前が冠されています。ひょっとしたら、出雲建雄神の実態は素戔嗚尊なのかもしれず、その場合出雲の名前が冠されていても違和感はなさそうです。以前に愛知県武豊町に鎮座する武雄神社を訪問しましたが、こちらの祭神も素戔嗚尊(須佐之男命)となっていました。そもそも八岐大蛇の尾から草薙神剣を取り出したのが素戔嗚尊なので、彼が祭神であってもおかしくはありません。武雄神社の詳細は以下で以前に書いていますので、参照ください。
http://suisekiteishu.blog41.fc2.com/blog-entry-2111.html

いずれにしても、由緒内容だけでは不十分なので他の史料もチェックします。江戸時代に編纂された「大和志料」の中巻には、「飛鳥浄御原御宇天皇神主布留邑智夢布留川上立騰八重雲其雲中有神剣放光華照六合之内剣頭八龍并座明日到彼地見之有雲石八個于時神託人曰吾尾張氏女所祭之神而今天降於是保皇孫守諸民於是神宮前岡上立社祭之曰出雲武尾神亦曰天村雲神」との記述がありました。

大雑把な内容は、天武天皇の御代、布留邑智(ふるのおち)は夢で、布留川の上に八重雲が湧き立ち、その中に神剣が光り輝いているのを見た。翌日その地に至ると、八つの霊石があり、「吾は尾張氏の巫女が祀る神である。今天降って皇孫を保ち、諸民を守ろう」と告げたので、石上神宮の前の岡に社殿を建てて祀ったのが出雲武尾神でまた天村雲神とも言う。と言ったところです。大和志料はデジタル化されており、以下のコマ番号127を参照ください。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1143230

出雲武尾神でまた天村雲神(=草薙神剣)とも言う、との書き方からも、素戔嗚尊と草薙神剣の両者の存在が見えてきそうです。さて、由緒に登場する尾張氏の巫女は宮簀姫命を意味しています。以前に宮簀姫命は宮主姫命で固有名詞ではなく巫女を意味する普通名詞と書いた記憶がありますが、それは上記からも確認されます。以上の検討から、出雲建雄神社の創建は尾張の熱田神宮(当時の熱田社)に送り置かれた草薙神剣に関係していると見て間違いありません。

出雲建雄神社の由緒や「大和志料」の記事によると、布留川の上流に日の谷があり、ここに八つの霊石があるとのこと。同社創建の元になった場所がどこにあるのか知りたいと思い、天理市観光協会のホームページを見ると、以下の記述がありました。

長滝町の林道の山深い布留川の源流となるところに、大きな岩があります。この岩は「八つ岩」といわれ、石上神宮の奥の宮として崇められています。その言い伝えによると・・・ 「むかし、出雲の国のひの川に住んでいた八岐の大蛇は、一つの身に八つの頭と尾とをもっていた。素戔鳴尊がこれを八段に切断して、八つ身に八つ頭が取りつき、八つの小蛇となって天へ登り、水雷神と化した。そして、天のむら雲の神剣に従って大和の国の布留川の川上にある日の谷に臨み、八大竜王となった。今、そこを八つ岩という。
天武天皇のとき、布留の物部邑智という神主があった。ある夜、夢を見た。八つの竜が八つの頭を出して一つの神剣を守って、出雲の国から八重雲にのって光を放ちつつ布留山の奥へ飛んできて山の中に落ちた。邑智は、夢に教えられた場所に来ると、一つの岩を中心にして神剣が刺してあり、八つ岩は、はじけていた。そして一人の神女が現れて、『神剣を布留社の高庭にお祀りください』という。そこで、布留社の南に神殿を建て祀ったのが、今の出雲建雄神社(若宮)である。」といういわれが残っています。

天理市観光協会のホームページは以下を参照ください。
http://kanko-tenri.jp/meguru_tenri/05_yatuiwa.html

ホームページには八つ岩の写真と位置まで示してあり、大変参考になります。ただ、山の奥深くにあるので、現場に行くのはかなり難しそうな雰囲気です。なお、八つの霊石だの八大竜王だの、八や竜に関係した記述が多くなっています。八つ岩の近くには水神を祀る龍王社もありました。龍王社(奥宮)、出雲建雄神社(若宮)、石上神宮(本宮)の関係が成り立ちそうに思えます。

草薙神剣盗難事件の後日譚となる形で熱田神宮境内にも八剣宮(708年の創建)が鎮座しており、同じ「八」に関連性が窺えます。八剣宮の創建はまた同じような盗難事件が起きないようにするため、新たな宝剣を造ってどれが本物かわからないようにしたとの説もありますが、出雲建雄神社創建とその由緒内容に影響を受けた可能性も否定できません。

ところで、布留邑智とはどんな人物なのでしょう?石上神宮の配祭神でもある市川臣命は、第5代孝昭天皇の皇子天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)の7世代目子孫となる米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみ)の子とされています。

垂仁天皇の時代に石上神宮に奉仕したとされる市川臣は和珥氏の支族となる春日氏の一族で、物部首の始祖になります。「日本書紀」の天武天皇12年(683年)9月2日条には、物部首は姓を連に改めたとあります。「新撰姓氏録」によれば、物部首の男正五位上日向が天武天皇のときに社地の名によって布留宿禰姓に改めた、とのこと。この日向の三世孫が石上神宮神主の布留邑智となります。非常にややこしいのですが、布留邑智は和爾氏系春日臣市川の系統であり、一時的に物部首、物部連など物部を冠した姓に変わったものの、物部氏とは別系統であると理解されます。

頭が混乱しそうなので、この辺の事情は無視しても構わないでしょう。ただ、石上神宮は物部氏の神社だと理解していたのに、実際には二つの系統が存在することになります。この問題に関しては、市川臣の系統が石上神宮の祭祀を担当し、物部氏は武器・宝物の管理を担当していたといった具合に機能分担で考えるとわかりやすいかもしれません。

さて、出雲建雄神社の由緒から何が読み取れるでしょう?草薙神剣は天智天皇7年(668年)、新羅僧道行によって盗み出され、18年後の天武天皇朱鳥元年(686年)に朝廷より熱田神宮に送り置かれた(返還された)とされています。

けれども、一旦取り上げたものを返すのでは、朝廷としてのメンツが立ちません。朝廷はメンツを保つため返還の条件を尾張氏と協議したのではないでしょうか?その結果編み出されたのが草薙神剣盗難事件です。草薙神剣が誰かに盗まれ、取り返された剣を一旦宮中で保管し返還した形にすれば、朝廷のメンツは保たれます。そうした事情から道行の草薙神剣盗難事件が造作された。そう、道行の盗難事件は朝廷と尾張の合作による捏造だったのです。これにより両者共メンツを潰すことなく事態の決着が図れたことになります。

ここで割を食ったのが石上神宮です。石上神宮は朝廷の武器庫であり、物部氏がその管理に当たり、布留宿禰が祭祀を司っていました。朝廷が尾張氏から取り上げた草薙神剣は石上神宮が保管し、その祭祀は布留宿禰が担っていたのでしょう。折角三種の神器の一つである草薙神剣を自分たちの管理下・祭祀下に置いたのに、朝廷と尾張氏の話し合いにより自分たちの手から離れてしまう結果となってしまったのです。

困った布留邑智は上記したような伝説を作り上げるしかありませんでした。出雲建雄神社の創建は、神剣が尾張氏に返され現物がなくなったので、布留邑智が新たな伝説を造作し、草薙神剣の神霊を出雲建雄神の名で祀ったことに起因していたのです。これは、神社の創建由緒がどのように作られたのか推定できる良い例となります。草薙神剣盗難事件に関しては熱田神宮の謎解きシリーズと今回の記事で取り上げましたが、別の機会にも詳細を検討してみたいと思います。

         邪馬台国と大和王権の謎を探る その39に続く


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