桑名散歩 その4


桑名市におけるもっとも重要な神社に桑名宗社(くわなそうしゃ)があります。鎮座地は桑名市本町46番地。早速行ってみましょう。


鎮座地を示すグーグル地図画像。春日神社とあるのが桑名宗社です。

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朱塗りの橋と石畳の向こうに半分ほど鳥居が見えています。

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巨大鳥居。

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鳥居を潜り来た方向を撮影。

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立派な随神門。

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弓を持った木像。

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もう一体。

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拝殿です。

この神社は二社から成っているので、二つの拝殿が一つの建物の中にあります。

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拝殿を斜め横から撮影。

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本殿。あまりよく見えませんが、本殿は二つに分かれているようです。

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解説板。

祭神に関してのみ書かれており、由緒はありません。以下Wikipediaより引用します。

桑名宗社(くわなそうしゃ)は、三重県桑名市本町にある神社である。「桑名神社(三崎大明神)」と「中臣(なかとみ)神社(春日大明神)」の両社から成り、桑名の総鎮守社として篤く崇敬されている。正式名称の桑名宗社より、「春日神社」、「春日さん」の通称がより多く用いられ、親しまれている。桑名神社と中臣神社は、ともに延喜式神名帳の伊勢国桑名郡に記載されている式内社である。旧社格は県社。8月に行われる石取御神事はユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」を構成する祭りの一つで、天下の奇祭としても有名である。

創建年代は、府県郷社明治神社誌料では「詳ならず」とされている。
社伝では、当初は旧桑部村にあり、景行天皇40年から45年にかけて宮町、宝殿町と遷座し、現在の本町に鎮まったという。神名帳考証再考には旧地は桑部村糠田(桑名市額田付近)であったと記されている。伊勢参宮名所図会には、天武天皇が壬申の乱で当地から尾張美濃に渡海する時、「此地の地主にして沙羯羅龍王の女妙吉祥」が現れ、「本地は十一面観音、垂迹は三種の神宝」であることから「三崎明神」と称し、虚空に飛び去ったという伝承が記されている。
中臣神社は神護景雲3年(769年)、旧上野村(桑名市上野付近)の「山上」に創祀されたという。
延長5年(927年)、延喜式神名帳に桑名神社二座と中臣神社が記載された。
正応2年(1289年)、中臣神社が桑名神社の境内に遷座した。なお、中臣神社は「北桑名総社・北桑名神社」(北桑名神社)に合祀されたという意見もある[3]ため、式内中臣神社としては北桑名神社とともに論社である。桑名神社二座については異説はない。


当初は桑部村にあったとのことですが、この場所は員弁川のすぐ脇になります。それが景行天皇の御代に宮町、宝殿町と遷座したのですから、相当古い歴史を持つ神社だと理解されます。天武天皇の時代に三種の神宝が垂迹したので三崎明神と称したとのことですが、多分岬の先端部分に鎮座していたので岬明神だったのが三崎明神の表記に転じたのでしょう。この神社に関しては別の記事カテゴリで再登場させようかと思っています。
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