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江島縁起再検討


「ワンダーアイランド江の島の謎を解く その1」にて江島縁起の解読に挑戦し、5頭竜が棲んでいたのは柏尾川流域の深沢で、竜が初めて出現して人を喰ったのは柏尾川が片瀬川となって相模湾に注ぐ辺りだと比定しました。

しかしそうすると矛盾する部分が出てきそうで、もう一度じっくり読み込んでみました。以下読みやすい岩本院所蔵の江島縁起にて関連する部分を抜粋します。内容は江島神社の江島縁起とほぼ同じですが、表現は微妙に異なっています。(大差はありません)

『いにしへは武蔵相模の境に、鎌倉海月のあひたに長湖あり。そのめくれる事四十余里、是を深澤といふ。爰に竜王有りてすめり。

この時五頭竜初て湖水の南山谷津村の湊にいてゝ人々をくらふ。こゝを初喰澤となつく。西岳を江野と云。此澤は湖塘の水門、南海の入口也。谷前に長者あり、子十六人うめり。毒蛇の為にのまれぬ。悲歎懊悩して、旧宅をはなれて西里にうつる。是を長者塚といふ。竜邑里にみちて人をのむ事やます。郷党みな他所へうつる。世これを子死越といふ。』


まず武蔵国と相模国の境という観点から見ると、相模国鎌倉郡と武蔵国久良岐郡(現在の横浜市)のほぼ境辺りを柏尾川が流れています。また40余里の湖があって、ここが深沢と呼ばれ、竜が棲んでいたとあり、これだけの湖に相当する場所は、現在の柏尾川流域の手広から梶原一帯であろうと想定されます。

ちなみに、律令制度時代の1里は5町に相当し、約450mで、40里は18kmになります。現在の柏尾川の全長は、横浜市戸塚区柏尾町から藤沢市川名で境川と合流するまでの約11km。これに河口までを加えると、14km程度になり、湖水は柏尾川を指しているとほぼ断定できそうです。

続いて縁起には、5頭竜は湖水の南山の谷、津村の湊に初めて出現し、人を喰ったので、ここを初喰沢と名付けたとあります。酔石亭主としては、柏尾川は境川と藤沢市川名で合流して片瀬川となり、江の島の北側で相模湾に注ぎ、河口近くの龍口明神社も津村に属しているので、津村の湊とは片瀬川の河口と比定しました。

しかし次の、「西岳を江野と云」、という一文で矛盾を生じます。片瀬川河口の西は鵠沼の平地であり、山はないからです。

そこで、津村の湊を腰越の小動岬の西に注ぐ神戸川と比定すれば、西岳が竜口山を指し矛盾は解消されます。

ところが縁起では、「この沢(初喰沢)は湖の水門(=湊)で、南の海の入り口」だと続きます。神戸川は柏尾川と接続しておらず、湖の湊にはなり得ません。こちらが立てばあちらが立たずの記述に悩まされるところですが、矛盾は一旦横に置き次に進みます。

谷前の長者は子供を喰われ旧宅のある津村を去って西の里に移り住みます。また郷党もみな他所へ移ったので、世に子死越といふ、となります。津村が片瀬川河口であるとすれば、そこから西に移っても子死越(腰越)はありません。この部分において書かれた津村は、間違いなく神戸川上流域となるはずです。

確認のため、ボロボロになった昭文社の地図(鎌倉市 1/10000)をもう一度見直してみました。深沢から鎖大師を過ぎ、山を越えると、湘南モノレール西鎌倉駅に出るのですが、駅の左右に津村という地名があり、その右手の新興住宅街の中(蟹田谷)に昭和53年に遷座した龍口明神社があります。鎖大師の先には切通しもあります。

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龍口明神社。まだ新しく、清々しい雰囲気の社です。

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賽銭箱。ここにも三つ鱗紋(酔石亭主にとっては三神山紋)がありました。

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解説板。

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谷戸坂切通しです。

深沢から津村・腰越村・竜の口を経て江の島に至る江の島道の切通しです。残念ながら切通しに立ち入りはできません。柵の外から撮影したものです。


大きな地図で見る
グーグル地図画像です。

地図画像の左下の河口が片瀬川河口で、腰越と書かれた場所が神戸川河口です。地図の西鎌倉駅周辺が津村の中心に当たります。その右手が昭和53年に遷座した龍口明神社です。

昭文社の地図では、神戸川の下流部から海岸沿いが腰越、中上流部の川の右手が腰越・津、左手が津西となっています。遷座した龍口明神社の所在地や地図の記載から判断すると、津村の中心は神戸川流域の上流部になるのは間違いありません。

そこで、津村の湊を片瀬川河口ではなく神戸川河口と比定すると、竜が出現したのは神戸川河口とならざるを得ません。この場合、西鎌倉駅付近の津村の郷党が(川に沿って下り)村を離れたので子死越(腰越)と呼ばれた―とするなら位置関係の不自然さはなく、また竜の出現場所と子供を喰う場所(=津村)も川の河口と上流部で関連性があり、縁起の内容にぴったり符合するのです。

深沢・柏尾川と津村・腰越・神戸川が真っ向から矛盾した記述になり、誠に悩ましいことになりました。これらを矛盾なく連結させるには、深沢にいた竜が南山を越えて、山向うの谷である津村(神戸川)に現れたとしたらどうかと考えました。

しかしこれでも、初喰澤は湖水(=柏尾川)の水門(=湊)と書かれていることから、矛盾から逃れられません。全部のストーリーが神戸川流域のことであるとしても、武蔵相模の境であるという記述、湖水は40余里であるという記述に矛盾します。

現時点での結論としては、江島縁起には深沢・柏尾川流域と津村・腰越・神戸川の両地域が混在して書かれているとするしかなさそうです。現存する縁起は全て写本であるため、この種の混同が起きたのかもしれません。

江島縁起を矛盾のない形で読み解くことはできなかったのですが、頭の体操としては大変に面白いものでした。


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