西尾城跡の続き


西尾城跡を続けます。城の詳細は以下Wikioediaより引用します。

創建当時、中世期の規模については不明である。1585年(天正13年)に酒井重忠によって、東の丸と帯曲輪の拡張と堀や石塁の造成、櫓門、櫓類、天守などが増築された。1590年(天正18年)田中吉政によって、三の丸の拡張や大手黒門、新門の楼門2棟、櫓門2棟が建てられている。このとき東の丸にあった大手門は、太鼓門と改称されている。
1657年当時の城郭構造は梯郭式の平山城で、西南部から本丸、二の丸、姫の丸、北の丸、東の丸、三ノ丸、それを取り囲む惣構えが構えられていた。本丸には3重櫓と3棟の2重櫓、二の丸には1棟の2重櫓、南東隅に複合式望楼型3重の天守が建てられ、北の丸、東の丸、三の丸にそれぞれ2棟の2重櫓が建てられていた。
天守は元々、本丸の北東隅に建てられていたと考えられており、1585年の改築のときか正保2年頃までにで天守を本丸から移したといわれている。正親による初代天守については、1585年に二の丸天守が建てられた後も本丸隅櫓として残されていたとしている。


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城内には結構立派な神社が鎮座していました。

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拝殿。

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拝殿と本殿を外側から撮影。本殿拝殿共に檜皮葺の社殿となっています。

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解説板です。

社名は御劔八幡宮。既に見てきた伊文神社とも関係しています。

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1996年再建の本丸丑寅櫓(3重櫓)。

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丑寅櫓の解説プレート。

西尾市の町巡りは今回で終了です。


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