尾張と遠賀川流域の謎を解く その15


前回の検討で、北九州版日本武尊と尾張、大和版日本武尊が別人(別の神)であり、遠賀川流域に鎮座する八剣神社は基本的に本城の八剣神社より分祀されたものであるとほぼ確認されました。もちろん一社を検討しただけで断定などできないので、その基本原則が今回訪問の立屋敷八剣神社にも適用できるかどうか調査したいと思います。同社鎮座地は遠賀郡水巻町立屋敷3丁目13。早速行ってみましょう。


鎮座位置を示すグーグル画像。

実はグーグル画像の下部に位置するのが立屋敷遺跡で、遠賀川式土器の発祥地とも言える場所です。

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現在は遺跡を示す看板があるだけです。

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遠賀川の流れ。

立屋敷遺跡の発掘は昭和6年(1931年)で、遺跡は現在川の底とのことです。この場所で発見された弥生式土器こそがかの有名な遠賀川式土器であり、稲作文化の東への伝播を示すものとして重要視されてきました。ただ、現時点で川の底となっている場所が弥生時代どうなっていたのか何とも言えません。そうした点は別にしても、遠賀川式土器の東限である尾張各地を見てきた酔石亭主にとっては、ようやくその始まりの地に至った訳で、感慨深いものがあります。立屋敷遺跡に関しては以下の水巻町ホームページを参照ください。
https://www.town.mizumaki.lg.jp/town/outline/hst_01.html

では八剣神社に行ってみましょう。

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鳥居です。扁額には八劔宮とあります。

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境内と拝殿です。比較的狭い。

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本殿。

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境内の大イチョウ。真っ先に目に入ります。

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幹の太さが見て取れます。

推定樹齢が1900年、高さ22.26m、幹周り9.7mとのことです。根元から4本の幹に分岐しています。樹齢1900年は記紀紀年における景行天皇の年代から推定したものであり、実際とは大きく異なります。

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石柱。

日本武尊が景行天皇の43年(記紀紀年で西暦113年)に崩御されたのを悼み、砧姫(きぬたひめのみこと)が祠を建て、尊を祀られたのがこの神社の始まりとのことです。二人はどんな関係だったのでしょう?日本武尊は熊襲征伐のためこの地を訪れ、讒言により都からこの地に逃れてきた砧姫命と言う美女に出会い、結ばれました。けれども、日本武尊は熊襲征伐に旅立たねばならず、別れ際に姫への愛の証しとしてイチョウの木を植えたとか。実にほほえましい内容ですが、この話は日本武尊と宮簀媛命のロマンスにも通じるものがありますね。

ただ、日本武尊のお手植え話は伝説に過ぎません。同社鎮座地は遠賀川の堤防下であり、現時点でも遠賀川の水面と同じようなレベルの場所となってしまいます。景行天皇当時の水面(海面)がどのようなものかわかりませんが、陸化していたとしても湿地帯と思われ、樹木を植えるのには適さない場所となるでしょう。また他にも問題があります。

八剣神社のイチョウはイチョウに限った巨木ランキングで66位。日本における最大級のイチョウでも推定樹齢は1000年から1100年とされています。その倍近い樹齢のイチョウが66位のはずがありません。そもそもイチョウが中国で広まったのは11世紀。日本への伝来は諸説あり、早くても鎌倉時代で、室町時代まで下るとの説もあります。よって、樹齢1900年はあり得ない話となってしまうのです。同社の場合も本城八剣神社と同様に、実質的創建は1185年ですから、その時点なら多少の可能性がありそうだと言ったところでしょうか?

水巻町のホームページによれば、同じ遺伝子のイチョウが韓国や島根県に所在し推定樹齢は600年以上とのことなので、八剣神社のイチョウもこれらとほぼ同じと考えられそうです。水巻町のホームページは以下を参照ください。
https://www.town.mizumaki.lg.jp/town/outline/hst_02.html

今回はイチョウの巨木を検討しただけで、北九州版日本武尊の時代が景行天皇期ではないと確認されました。では、遠賀川流域に数多くの伝承を残している北九州の武人は、いつの時代の人物なのでしょう?それは今後の検討課題になりますが、後代になって日本武尊に接合された北九州の武人が存在していたこと自体は否定できないと思われます。同社の由緒に関しては次回で詳しく検討します。

       尾張と遠賀川流域の謎を解く その16に続く
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