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尾張と遠賀川流域の謎を解く その55


今回は六嶽神社の近くに鎮座する十六神社をご紹介します。巨大な御神木はあたかも神社を守っているかのようでした。


十六神社の位置を示すグーグル地図画像。

鎮座地は鞍手郡鞍手町八尋489。地名の八尋は非常に長いことや大きいことを意味しますが、何に由来しているのでしょう?

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楠の御神木。幾星霜を経た老木です。

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もう一枚。根に近い幹部分はかなり空洞となっていました。

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鳥居。

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石段の途中の鳥居。

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拝殿です。逆光でうまく撮影できません。

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本殿。

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武骨な感じの石祠。豊日宮とあるので豊日別を祀っているのでしょう。

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こちらは更に立派な白山宮。注連縄まで張られています。

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境内からの光景。

同社の祭神は数多く以下となっています。周辺の小祠をすべて寄せ集めたのでしょうか?

国狭槌尊・豊雲野尊・泥土煮尊・沙土煮尊・大戸土尊・大苫辺尊・面足尊・惶根尊・高皇産霊神・神皇産霊神・魂留産霊神・生産霊神・足産霊神・御食津神・事代主神・高龗神・闇龗神・素盞鳴神・大宮能賣神・稲田姫神・大山祇神・菅原神・応神天皇・武内宿禰・八種雷神・神功皇后・仲哀天皇

由緒は以下の通り。

天平十五年(743)宗像朝臣烏丸が創建した。社殿は現在地より北西の森の中にあったが、延宝二年(1674)現在地に遷した。宗像朝臣烏丸より大宮司氏貞に至るまで四季の祭礼も盛んにおこなわれていたが、小早川秀秋のとき神田八反を引き上げられてからは秋のみとなった。

宗像氏が奉斎しており、六嶽神社との関連が推定されます。743年の創建ですから古い歴史を有していると理解されます。

            尾張と遠賀川流域の謎を解く その56に続く


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