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エルサレムとは その2


現代におけるエルサレム問題の根っ子を探るため、今回はまずイスラエルの民の発祥地から見て行きます。旧約聖書によれば、ノアの方舟で有名なノアの子供がセム、ハム、ヤぺテでこの三人が全民族の祖となります。うんと大雑把に言えばセムは黄色人種、ハムは黒色人種、ヤペテは白色人種の祖となります。そしてセム系の子孫であるアブラハム(紀元前1700年頃の人物)がイスラエルの民の遠祖となります。つまり彼らは黄色人種になるのです。

アブラハムの子がイサクで、その子となるヤコブの別名がイスラエル。彼の子孫がイスラエルの民となります。そしてヤコブはイスラエル12支族の祖となりました。ちなみにイサクの異母兄がイシュマエルで、彼が旧約聖書によればアラブ人の先祖となります。現代においてはエルサレムの帰属に関してユダヤ人とパレスチナのアラブ人が争っていますが、遠い過去にさかのぼれば、あくまで伝承上の話ではありますが、同じ先祖となってしまいます。

では、イスラエルの民の遠祖であるアブラハムの生誕地を見て行きましょう。創世記第11章を読むと、アブラハムの故郷はカルデアのウルであると判明します。

Assyria_map_convert_20180102101502.png
Wikiより借用の地図。

地図でウルを探すと、ペルシャ湾に近いメソポタミア地方の南部がウルと書かれていました。ただ、カルデアはカルデア人のウルとも読め、彼らがこの地方に入ったのは紀元前10世紀以降となるため、この場所のウルはイスラエルの民の発祥地ではないように思えます。

一方、創世記の11章には、テラはアブラム、ナホル、ハランをもうけ、ハランはロトをもうけた。ハランは父のテラに先立ち、彼の生まれ故郷カルデアのウルで死んだ。などと書かれています。ハランは人名ですが、地名にもメソポタミアの北西部にハランがあり、創世記には何度も出てきます。そしてハランの近くにもウルの地名があるとする文献も存在することから、アブラハムの故郷すなわちイスラエルの民の発祥地は現在のイスラエルではなく、メソポタミアの北部地域だったことになりそうです。

なお、アブラハムは伝説的な存在ではありますが、実在していたとして紀元前1700年頃の人物となります。メソポタミアのシュメール文明やエジプト文明が勃興期を迎えたのは紀元前3000年頃なので、それに比較すると随分新しい時代になります。

以上から、イスラエルの民の原郷は現在のイスラエル(旧約聖書にあるカナンの地)ではなく、北部メソポタミア地方(南部の可能性も多少はある)だったと確認されました。そう考えて間違いないのか、さらに旧約聖書創世記の記述を検討します。まずはアダムとイブが登場するエデンの園の楽園伝説です。

創世記2章には主なる神が東の方のエデンに園を設けたとあり、エデンから流れる一つの川が園で分かれて、四つの川となっていた。その第三の川の名はチグリスで、第四の川はユーフラテスであった。と書かれています。

従って、エデンの園はチグリス、ユーフラテス川の上流部に当たり、メソポタミア地方の北部付近と期待されますが、アルメニア共和国の首都エレバン辺りとの説が有力なようです。その南のアララト山でノアの箱舟が発見されたと言われています。けれども、これはフェイクニュースでしょう。エデンの園の所在地に関しては諸説あり、確定はできません。ただ、チグリス、ユーフラテス川の名前が出ていることからメソポタミア地方との関連性が窺えるし、現在のイスラエルではない点は確認されます。


エレバンの位置を示すグーグル地図画像。

次に、有名なノアの方舟の洪水伝説を見て行きましょう。この話は創世記第6章に出てきます。主は地上に人の悪が増したことから、人を造ったことを後悔し、彼らを滅ぼそうとします。一方、ノアは神に従う無垢な人物だったので、神はノアに方舟を造るよう指示しました。そしてノアの家族と一つがいの生き物が方舟に乗り込んだ後、大洪水が起き、方舟に乗ったノアの家族と生き物以外の全てが滅ぼされてしまったのです。この大洪水は過去に起きた現実の投影と考えられます。ではどこで全ての人々や生き物が滅ぶほどの大洪水が起きたのでしょう?

まずイスラエルには大洪水を起こすような河川は存在しません。エジプト文明を育んだナイル川はどうでしょう?確かにこの川は氾濫します。けれども、氾濫の時期はほぼ一定しており、突然発生するものではなく洪水伝説に連結できないように思えます。

となると、ノアの方舟の大洪水はチグリス、ユーフラテス川の氾濫が投影されていると見て間違いないでしょう。それを証明する史料にギルガメシュ叙事詩があります。この史料に関しては以下Wikipediaより引用します。

主人公のギルガメシュは紀元前2600年ごろ、シュメールの都市国家ウルクに実在したとされる王であるが、後に伝説化して物語の主人公にされたと考えられる。最古の写本は紀元前2千年紀初頭に作成された、シュメール語版ギルガメシュ諸伝承の写本。シュメール語版の編纂は紀元前3千年紀に遡る可能性が極めて高い。これは叙事詩を構成する個々の題材が、シュメール時代には既に流布していたことを示している。
時代が下がるとともに主題や思想が組み込まれ、シュメール伝承を基に紀元前1800年頃に最初のアッカド語版が完成すると、バビロニア版、ヒッタイト語版、フルリ語版など様々な方言に区分されるようになる。

ノアの方舟の大洪水においては、洪水が引いたことを確認する目的で烏と鳩を放ち、鳩がオリーブの葉を咥えて戻ったことから水が引いたと確認されます。一方、ギルガメシュ叙事詩では、最初に鳩と燕を放つが戻って来た。最後の大烏を放つと戻ってこなかったので水が引いたと確認されています。こうしたストーリーの類似性から、旧約聖書創世記のノアの方舟はシュメールの文献を引いて書かれていた可能性が高いことになります。

それだけではありません。考古学者の調査によれば、紀元前4000年頃にメソポタミアの平原のほとんど全てに及んだ大洪水があったとのこと。当時の人々にとって、これは正しく神によってもたらされた災厄と考えるしかないでしょう。この大災害がギルガメシュ叙事詩に書かれ、ノアの方舟の話に引き継がれたと考えてほぼ間違いないと思われます。

続いて創世記第11章に出てくるバベルの塔の話を見て行きます。この頃世界の人々は同じ言葉を使い、天まで届く塔のある町を建て始めました。これを見た神は彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにしてしまいます。彼らをそこから全地に散らされてしまい、町の建設は止まってしまいました。 それで、この町の名はバベルと呼ばれることになります。主が全地の言葉を混乱(バラル)させ、彼らを全地に散らされたからです。バベルとはバビロンのことで、所在地はWikiより借用した地図を参照ください。

以上、旧約聖書の最初に出てくる創世記に記述された洪水伝説もバベルの塔の話もいずれもメソポタミアにて起きた話だったのです。こうした構成を見ても、やはりアブラハムを遠祖とするイスラエルの民の発祥地は現在のイスラエルではなくメソポタミア地方と言わざるを得ないと思われます。

次回はイスラエルの民がカナンの地(現在のイスラエル一帯)に至った経緯を見て行きます。
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