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エルサレムとは その4


紀元前1700年頃メソポタミア地方のカルデアのウルにいたアブラハムは一族を引き連れカナンの地(現在のイスラエル一帯)に移り、その孫にあたるヤコブ(別名イスラエル)の12人の子供がイスラエル12支族を形成します。これがイスラエルの民の始まりですが、そもそもなぜ彼らは先進文明の地を捨てて移動したのでしょう?彼らは本来遊牧民だったからでしょうか?或いは別の理由があったのかも…。それを検討するに当たっての大きな問題は、アブラハムの実際の生きていた時代が明確でないことです。

一つの説としてアブラハムがウルを離れたのは紀元前1800年頃でこの頃ウルではハムラビ王の先代による大虐殺があり、これから逃れるためとの見方もあります。他にも生誕年が紀元前1946年とか紀元前2123年と言った説もあるため、400年以上幅がある中で実際に存在していた時代がいつだったのか確定することは不可能なようです。

仮にアブラハムの生誕が紀元前2100年頃から1700年頃の間であったとしてみましょう。この頃の歴史を俯瞰するとある大きな事態が発生していました。そうカスピ海、黒海沿岸からコーカサス地方にいたインド・ヨーロッパ語族のアーリア人が紀元前2000年頃突如として大移動を開始したのです。彼らの移動範囲は極めて広範囲で、インド、中近東、欧州にまで広がり、古代エジプトの王であるラムセス2世の軍まで打ち破っています。

アーリア人の大移動は一般的には気候の寒冷化や食料不足が原因だったとされています。では、なぜ気候の寒冷化や食料不足が突然発生したのでしょう?例えば、隕石の衝突により舞い上がった塵が地球を覆い寒冷化をもたらしたのかもしれません。調べてみると、紀元前2001年に隕石の衝突があったとの説が出てきました。酔石亭主の能力ではそれが事実かどうか確認はできませんが、もし本当だとすれば突発的なアーリア人の大移動をうまく説明することができます。

アーリア人の移動に伴い様々な民族や集団がそれに巻き込まれる、或いは玉突きされるような形で移動し始めた。アブラハムに率いられた集団もそれらの中の一つだったのではないでしょうか?仮にそうだったとすれば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の背後には隕石の衝突があったことになります。衝突がなければ、地球上にこれらの宗教は存在し得ず、イエス・キリストが存在していたとしても、単なる大工に終わっていたかもしれません。古代の人々にとって空から突如降って来た隕石こそが神だった。そんなイフを考えるととても面白いと思えませんか?

話を元に戻します。酔石亭主がアブラハムの生誕時期を紀元前1700年代としたいのは、移動してきたインド・ヨーロッパ語族に押されるような形でセム人・フルリ人などの混成民族されるヒクソスが紀元前1730年頃にパレスチナからエジプトに侵入したためです。

既に書いたように、アブラハムはネゲブ(イスラエル南部の砂漠地帯)に移った後、この地が飢饉に襲われエジプトへの移住を決意しました。エジプトに入った後、彼の妻サラに関連するゴタゴタがあってアブラハムはネゲブに戻っています。こうしたアブラハムの動きはヒクソスのエジプト侵入に連動していると考えられないでしょうか?

ヒクソスこそがヘブライ人(イスラエルの民)の祖との説もありますが、これは多分間違いで、ヒクソスの移動にヘブライ人も含まれていたと考えるべきです。混成民族のヒクソスがパレスチナに入り、「おいエジプトにはうまい食料がたくさんあるらしいぜ。俺たちと一緒に来て奪い取らないか」などとヘブライ人に言い、「そりゃあ、願ったりかなったり、是非同行させてくれ」などと答えたのかもしれません。

さて、ヤコブの12人の子供の一人であるヨセフは、旧約聖書に書かれた経緯は長いので省きますが、エジプトに行き後に宰相になっています。エジプト王朝の支配下であったら遊牧の民であるヨセフなど宰相になれるはずがありません。ヨセフ当時のエジプトがイスラエルの民と同じ遊牧民のヒクソスだったので宰相にまで成り上がることができたのです。

エジプトのナイル川三角州地帯を支配していたヒクソスは、紀元前1580年頃に倒されエジプト第18王朝が始まりました。ここでエジプトにいたイスラエルの民の運命は暗転します。彼らは奴隷的な立場に落とされてしまったのです。300年以上もの間過酷な生活を強いられたイスラエルの民は、紀元前1232年頃モーゼに率いられエジプトを出てカナンの地に向かいました。有名な出エジプトですね。モーゼが実在の人物かどうかに関しては議論もありますが、いずれにしてもこの頃にイスラエルの民はエジプトを出て神との契約の地であるカナンに向かったのです。なお、旧約聖書ではイスラエル12支族の全てがエジプトにいたことになっていますが、実際にはその一部だったのではないかと推定されます。

今回はイスラエル民がカナンの地に入り、民族大移動の波に巻き込まれながらエジプトに移住し、再びエジプトを出ると言う経緯を見てきました。カナンの地に戻ったイスラエルの民にどんな事態が待ち受けていたのか、次回以降で見て行きます。
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