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エルサレムとは その6


ペルシャによりエルサレムへの帰還を許されたユダ王国の民(以降ユダヤ人と表記)は紀元前515年に神殿を再建します。ソロモン王が建設した神殿(第一神殿)に対して、この再建神殿は第二神殿と呼ばれます。ユダヤ人はこれで独立国家を建設できたわけではなく、ペルシャの属州として生きるしかありませんでした。

旧約聖書の大部分はペルシャの属州時代に纏められたものと考えられ、律法(トーラー)に基づくユダヤ人社会の規範が形成されました。また会堂(シナゴーグ)での礼拝も制度化されています。紀元前4世紀にはエジプトとペルシャとの戦いが何度も起こり、紀元前343年にはペルシャがエジプトを征服しますが、そのわずか10年後にはかの有名なアレキサンダー大王が登場。紀元前333年にペルシャ帝国のダレイオス3世はイッソスの戦いでアレキサンダーに敗れ、敗走します。アレキサンダーはペルシャの地中海への出口を塞ぐためパレスチナに南下し、ガザを陥落させ、エジプトまで進攻しました。ユダヤ人の大司祭はアレキサンダーを歓迎したとのことです。

その後も様々な経緯があり、ユダヤ王国はローマの支配下に入ります。紀元前37年にはローマに忠誠を誓い続けたユダヤ人のヘロデ王がエルサレムを手中に収めました。イエス・キリストもこの時代の人物となります。端折りまくりながら、ようやく紀元前後の時代にまで下ってきました。

紀元後以降もエルサレムは様々なビザンツ帝国、ペルシャ、イスラム、十字軍、オスマン帝国など様々な勢力の支配下に置かれます。天然の防壁である海に囲まれた島国ニッポンの私たちには想像もつかないような事態が、ずっと続いていたことになります。現代においてもナチスドイツによるユダヤ人虐殺で600万人もの人々が命を失ってしまいました。(注:人数には諸説あり)

犠牲者の中でよく知られているのがアンネ・フランクで、酔石亭主もアムステルダムにある彼女の家に行ったことがあります。何の罪もない少女までが、なぜかくも無残に殺されなければならなかったのでしょう?それほど遠くない過去に起きた悲惨な出来事に言葉もありません。

さて、ここまでイスラエルの人々を主にイスラエルの民(イスラエル人)と表記してきましたが、ヘブライ人やユダヤ人と言った表記ももちろんあります。これらの表記は何がどう異なるのか少し整理してみましょう。イスラエルとは神(エール)が支配すると言う意味で、元々は北の10支族の呼称でした。イスラエル人とは10支族が自分たちをそう呼んだものですが、他民族からはイブリー(=ヘブライ人でユーフラテス川の向こうから来た者の意味)と呼ばれました。

ユダヤ人の呼称はユダ王国の成立後に出てきたもので、紀元前6世紀の終わり以降はこれが国民的な呼称となりました。時代は現代に一足飛びしますが、1948年のイスラエル建国後の1950年にはイスラエルに帰還するすべてのユダヤ人に市民権を与える帰還法が成立し、ユダヤ人に関してユダヤ人の母親から生まれた者、またはユダヤ教に改宗した者と規定されました。従って、仮に酔石亭主がユダヤ教に改宗すればユダヤ人となるのです。

既に書いたように、イスラエルの民はバビロニア捕囚や第二神殿の破壊などを契機として各地に離散し、ばらばらになってしまいました。そうした中で、ユダヤ人のコミュニティーが各地に形成されていきます。もちろんこうしたコミュニティーの形成に当たっては他民族の幾つも入り混じったことでしょうから、民族としてのイスラエルの民のアイデンティティは希薄になったと考えられます。このため彼らはユダヤ人の定義を宗教に置かざるを得なくなり、ユダヤ教への改宗者もユダヤ人になった訳です。

アブラハムを遠祖とするイスラエルの民はセム系ですが、現在のユダヤ人の主流はヤぺテ系で、東欧などにいたアシュケナージとなっています。彼らもまた各地に散った集団の一つなのでしょうか?イスラエルの民はセム系の黄色人種であるのにアシュケナージはヤぺテ系の白人種だから現在のユダヤ人は偽物との見方さえあります。ただ、セム系とは言っても発祥はメソポタミアであり、私たち日本人や中国人などのアジア系とは明らかに異なっています。

その始まりが牧羊者(遊牧民)であったイスラエルの民は常に移動を繰り返しており、都度異民族の血が混じり合ったはずです。血脈における民族的アイデンティティは存在しないから自分たちの基軸を宗教に置き、ユダヤ教への改宗者をユダヤ人と定義せざるを得なかったのでしょう。従って、現在のユダヤ人が偽物かそうでないかの議論は意味がないし、彼らは島国で単一民族として生きてきた日本人の想像・理解の埒外にある存在と考えた方がよさそうです。彼らは多分、自分たちが民族的アイデンティティの喪失者であると理解していた。だからこそ、紀元前から厳しい規範に基づいた律法(トーラー)を成立させ、全く異なるアイデンティティを造り上げたのです。

ユダヤ人は一般的な民族の分類では測れない人々でした。彼らは人種や民族、生まれ育った土地・環境などを超越し、ユダヤ教と言う宗教を基軸としてヤハウェ神との契約を絶対視する共同体の構成員だったのです。だから彼らにとっては神との契約が最も重要なものであり、神によって約束されたカナンの地=イスラエル(とシリア)に帰還するのは、たとえ現在そこに誰が居ようとも、当然の話となります。もちろん現代におけるそうした思想は様々な問題と紛争を引き起こす訳で、紀元前の問題が現在まで続いている点もご理解いただけると思います。「エルサレムとは」シリーズは今回で終了とします。

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