FC2ブログ

大須探訪 その18


本願寺名古屋別院の南には日置神社が鎮座しており、大須とは特に関係ありませんが見ていきます。鎮座地は名古屋市中区橘1-3-21。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

一帯はかつての日置郷で、西本願寺別院もその範囲(上日置)に含まれています。

DSCN2144_convert_20180407130245.jpg
鳥居と境内。

DSCN2145_convert_20180407130408.jpg
拝殿ですが、車のお尻が邪魔な感じ。名古屋市内にしては大きな規模の神社です。

DSCN2153_convert_20180407130809.jpg
拝殿にズーム。

DSCN2156_convert_20180407131129.jpg
本殿です。

DSCN2146_convert_20180407130500.jpg
解説板。

延喜式に載っているからには相当な古社となります。それにしては由緒がやや簡単で祭神の記載もありません。これは手落ちではないでしょうか?

DSCN2152_convert_20180407130718.jpg
詳しい由緒が刻まれた石碑。これでは読みにくい。

DSCN2151_convert_20180407130615.jpg
内容は解説板に書かれています。画像サイズを大きくしています。

祭神は整理されていないので以下に記載します。

天太玉命(あめのふとだまのみこと)
配祀左:品陀和気命(ほむだわけのみこと)
配祀右:天照皇大神(あまてらすおおみかみ)

天太玉命が日置神社に関係し、後の2柱は中世になって「山城国男山」(石清水八幡宮)或いは京都東山の若宮八幡宮から勧請されています。社名や日置の地名は解説板にあるように日置部に由来しています。日置部の詳細は以下コトバンクより引用します。

〈ひきべ〉〈へきべ〉などとも読む。日置を戸置(へき)の意に解し,民戸をつかさどるものとする説(伴信友,栗田寛),日招きや宮廷の日読(かよみ)をつかさどるものとする説(柳田国男,折口信夫),さらには卜占暦法を主とし太陽祭祀に従事する者という見解も出された。一方,神事や祭祀にかかわり合いながら,それらの手工業生産にも当たる性格も指摘されてきた。 もともと日置氏は宮内省主殿寮殿部(とのもり)の負名氏(なおいのうじ)の一つで,本拠は大和国葛上郡日置郷にあり,地縁的にも職掌的にも同じ負名氏の鴨氏と類縁の関係にあったと考えられている。

愛知県における日置姓は一宮市に集中しています。中でも馬見塚が非常に多く、数十世帯中12世帯を占めていました。理由は調べていないので不明です。知多市にはほとんどいませんが、かつて古見駅の近くに一軒ありました。

DSCN2154_convert_20180407130923.jpg
日置龍神の祠。

DSCN2155_convert_20180407131038.jpg
ご神木。

なお、解説板に織田信長が桶狭間の戦いで戦勝を祈願し、凱旋の際に松を千本植えたので千本松と称せられたとあります。以前に大須の周辺には上前津や松原の地名があるので大須は海に近い場所だったと書きましたが、松原は信長が松を植えたことに由来する地名となるので、この点は誤りでした。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

酔石亭主

Author:酔石亭主
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2018/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新コメント
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる