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津島市の藤


今年は異常気象なのか、桜の開花は通常より10日以上も早く、それに続くつつじや藤も既に満開の状態となっています。(昨日の強風で現時点では散り始めているかも…)桜とつつじは地元でも楽しめますが、藤の花はどこかに行く必要があり、津島市の津島神社に隣接する天王川公園に行ってきました。池なのに川と名がついているのは、ここがかつては川だったからで、池の北端に位置する津島湊はかつて物流の中心地でした。


津島神社と天王川公園位置を示すグーグル画像。

津島湊に関し津島市の解説板によれば以下の通りです。

天王川の上流は、萩原川・渕高川と呼ばれ、約五百年前、この辺りは三百メートルほどの広さの川幅であった。津島神社参詣の人々のために天王橋(幅三間・長さ七二間)が架けられ、その両岸には数千軒の町屋が並び、数千艘の出船入船で活気を呈した。津島湊はこの一帯で広さ五~六ヘクタールに及ぶ当地方随一の湊町・門前町として頗る繁昌した。商都津島を支配した勝幡城の織田家は、信定・信秀と次第に勢力を広め、信長は天下布武をとなえ天下統一の基礎を築いた。信長は天王橋から津島天王祭を見物した。また、江戸時代になると、代々の殿様も見物に訪れて、たいへんなにぎわいであったという。天王川は、天明五年(1785)に水害防止のためここでしめ切られ埋立地に町ができた。

織田信長の生誕地は津島に近い勝幡城、現在の名古屋城の二の丸に位置する那古野城の二説があり現在では勝幡城説が有力となっています。かつての天王川は南北に流れ川幅が300mもあったとのことで驚かされますが、湊町として繁栄したのは伊勢湾と繋がっていたからです。その過去を偲ぶかのように、津島市の本町通りには大きな商家が軒を連ねています。なお川幅に関しては、西堤防の上に樹齢400年の大イチョウがあり、東には堤下神社が鎮座しており、その間の距離は200mなので、川幅300mは違っているような気もします。


位置を示すグーグル地図画像。

画面左の緑の部分が大イチョウ。画面右の道標 津島神社参宮道の「社」と書かれた場所のすぐ北側が堤下神社です。拡大してご覧ください。

DSCN3033_convert_20180426070847.jpg
大イチョウ。津島神社の御旅所跡となります。

DSCN3032_convert_20180426070731.jpg
解説板。文字がかすれていますが、概要は以下となります。

この地は昔天王川西堤防に当たり津島神社の御旅所があった。樹齢はおよそ400年で、植物学の権威は、雄の木はギンナンが実らないので成木になる前に大抵は切り倒されてしまうが、この木は御旅所地内にあったために神木として崇められ今日に至ったもので、雄の木としては珍しく県下でも第一等であるから天然記念物として保護すべきであると語られた。

以上から、大イチョウが西堤防に位置し、堤下神社が移転していない前提で、東堤防に位置すると推定されますので、川幅は300mではなく約200mと考えた次第です。堤下神社は江戸時代には金燈籠社と呼ばれ、天王川が流れていた頃は川を挟んで津島牛頭天王社をお参りする遥拝所だったそうです。

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今は池となったかつての天王川。広大です。

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島もあります。

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クスノキの大木がご神体となっているのでしょうか?鳥居が見えます。

池に沿って南に歩くと素晴らしい藤の花が見えてきます。

DSCN2965_convert_20180426070443.jpg
中央が水路のようになっていて、それを覆うように藤棚があります。

DSCN2966_convert_20180426070540.jpg
長く垂れ下がった藤の花が見事です。

DSCN2968_convert_20180426070643.jpg
幹も古色を感じさせます。


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