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名古屋散策


今回からまた名古屋市内を巡ります。地域としては地下鉄東山線沿線となります。一帯には結構見どころもありますが、歴史的に古い場所が少なく、残念ながら謎解き的な要素はほとんどありません。最初に訪問したのは名古屋市千種区四谷通2-16に所在する桃巌寺(とうがんじ)で、山号は泉龍山。曹洞宗の寺院となります。


所在地を示すグーグル画像。地下鉄本山駅から徒歩となります。

名古屋市内のお寺の場合、敷地は広いものの緑は少ないケースが多いのですが、ここは驚くほど深い緑に覆われています。

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参道と門。

参道の両脇は石積みされており、その先に中国風の門があります。門の先にどんな別世界があるのか期待が高まります。

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解説板です。

内容が簡単すぎるので、少し補足します。織田信秀はかの有名な織田信長の父であり、織田信行は信長の実弟に当たります。桃巌寺が当初創建された場所は信行の居城だった末森城(末盛城)の近くで、末森城跡も後で行ってみます。寺は天文年間の1532年から55年の間に創建されたとのことですが、信秀の死去年は1552年なので1552年から1555年の間に創建されたとすべきでしょう。信長と信行は兄弟仲良く生きたと言いたいのですが、信長と対立した信行は、信長の手で討たれてしまいます。戦国の世とは言え、実弟が兄によって殺されてしまうのですから恐ろしいですね。

なお、信秀の墓所は大須の万松寺(萬松寺)にもあり、ここは当初那古野城(現在の名古屋城の二の丸付近)の南に所在し、後に現在の大須に移転しています。万松寺では信秀の葬儀が執り行われ、信長が喪主でありながらおよそ葬儀には相応しくない装いで遅参、抹香を手づかみにして信秀公の位牌に投げつけたことで有名で、信長のドラマには必ず出てきますね。

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山門。

竜宮城の門のようです。一般的には竜宮門と称され江の島にもありますが、弁財天を祀るお寺に多いように思えます。

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竜宮門脇の解説板。

本尊は聖観世音菩薩ですが、信秀が弁財天を信奉していたことから鎮守は弁財天画像で竹生島から前立像を勧請し、その眷属である十五童子のご神体や裸弁天、ねむり弁天などを奉祀したそうです。このお寺には数多くの立派な陽物が安置されているとのことですが、多分十五童子のご神体が陽物の形で鎮座しているのでしょう。その源流は古代インドにまで遡り、シヴァ神を象徴するものとしてリンガが祀られ崇拝されています。リンガに関しては世界大百科事典より以下引用します。

サンスクリットで〈標(しるし)〉〈シンボル〉を意味し,とくに男性の性器を指す。これをかたどった彫像は,シバ神あるいはそのエネルギーの象徴として,今日に至るまでインドの民衆に崇拝されている。インダス文明の遺跡から生殖器を表現する遺物が出土することから,その当時すでに性器崇拝が存在したと結論することは早計であるとしても,それらが後代のリンガ像の原型であるとみなすことは可能である。豊穣多産の象徴としてのリンガの崇拝は《マハーバーラタ》などで言及されるが,シバ信仰の発展とともに顕著となり,シバの創造力を象徴する大小のリンガの彫像が多くのヒンドゥー教の寺院にまつられるようになった。

次回以降でリンガの画像もアップ予定ですが、これらは神仏と同様に人々の崇敬の対象であり、変な意味合いはない点ご理解ください。

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境内。

手前の茶色の石の奥に織田信秀廟所の五輪塔があるようですが、見落としてしまいました。トホホ…。ちょっと気落ちしたので続きは次回とします。

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