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名古屋散策 その5


桃厳寺を辞して名古屋市千種区城山町2-88に鎮座する城山八幡宮に歩きながら向かいます。まあ大した距離ではありませんが…。この場所は桃厳寺を創建した織田信行の居城・末森城があった場所です。


鎮座地を示すグーグル地図画像。

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途中の立派なお宅。屋根の重なり具合が凄いですね。

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鳥居と背後の森を遠望。いい雰囲気です。

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鳥居です。街中なのに奥深い感じがします。

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解説板。

信長が世に出る前の名古屋における織田家は、現在の名古屋城二の丸に位置する那古野城(1532年に勝幡城の織田信秀が今川氏豊から奪った。信長はここで生誕したとされる)、この末森城、古渡城(1534年、織田信秀により名古屋市中区に築城された)が拠点となっていました。なお、勝幡城は津島市に近い稲沢市にありました。末森城に関しては以下Wikipediaより引用します。

末森城(すえもりじょう)は、室町時代末期、尾張国愛知郡鳴海荘末森村(現・愛知県名古屋市千種区城山町)にあった日本の城である。縁起の良い名ということで末盛城とも書かれた。天文17年(1548年)、織田信秀が築城した。三河国松平氏や駿河国今川氏などの侵攻に備えてのもので、実弟織田信光が守る守山城と合わせて東方防御線を構成したものである。信秀は、城主に織田信行(信勝、織田信長の実弟)をあてていたが、自らが古渡城から移り、天文20年(1551年)にこの末森城で死去したとも伝わる。


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空堀跡。

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空堀を越えるとまた鳥居です。

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境内図。境内をぐるっと取り巻いて堀があります。

城山八幡宮に関しては以下Wikipediaより引用します。

この地域一帯は、江戸時代以前は尾張国愛知郡末森村といわれていた。500年以上前より楠という字(現在の千種区春里町)に八幡社が鎮座していたが、織田信行が白山比咩神社を勧請して以来末森城址にあった白山社、ほか末森村内の浅間社、山神社、一ノ御前社を明治41年(1908年)に合祀し、改めて創建となった。
明治45年(1912年)、末森城跡地が八幡社の所有地となり、昭和11年(1936年)に現在地に遷座した。昭和31年(1956年)に現在の城山八幡宮に改称した。


同社の歴史自体はそれほど古くはなさそうです。


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